万魔十章
「奴らは戦争だと息巻いているようだ」
相互防衛同盟"コーラカル"は新たに各地の島やベルミア大陸を同盟の輪に加えようとしている。それが締結され次第、パンデモニウムへ攻勢を仕掛ける。
世界全土が束になって行われるそれはまさに世界対パンデモニウムの戦争だ。
「成程、それで我々が召集されたのか」
好き勝手に世界を蹂躙せよと言われ、それきり指示もなかったが、ここにきて初めて召集の命令が下った。初の指令が拠点への召集とは何と思いきや、戦争とは。
成程、と納得した彼女は視線を正面へ移した。そこには布がかけられた玉座があり、パンデモニウム第1位"デューク"ロシュフォルが座っている。玉座を覆う布によって姿を目にできないが、布から透ける影が彼の存在を示している。
その玉座へ続く5段の階段の途中に第2位"アークウィッチ"セシルが立っている。召集をかけた張本人であるセシルは感情のない顔で一同を見つめている。
「あぁ、戦争だ」
世界対我々の。そうセシルは返した。
ようやく、機は成った。我々に歯向かう者たちがやっとひとつに固まった。この時をセシルは待っていた。
散発的に発生する反抗勢力を叩いていてはきりがない。そこでセシルは反抗勢力たちがひとつに固まることを待つとこにした。反抗勢力が固まってくれれば、それを丸ごと刈り取るだけで終わる。
今まで、反抗勢力の存在は知っていたがその尻尾は掴めなかった。それは素直に認めよう。各地に散発的に発生する反抗勢力が裏でつながっていることなど知らなかった。それらをキロ島の領主が率いているのだと知るのもつい最近だ。確か名は"アトルシャン"だったか。奴らめ、よくぞここまで隠れたものだ。
あらゆるものが実はつながっていた。何度刈っても生えてくる庭の雑草は、実は地中で根ですべてつながっていたようなものだ。
それなら、地面を掘って根ごと駆逐すればいい。だからセシルは待ったのだ。地面から根が露出するのを。そこから根こそぎ刈るために。
"アトルシャン"という地中の根が名前を変え地上に芽吹いて"コーラカル"となった。彼らは庭を制圧しようとしている。庭を埋め尽くす雑草は根こそぎ刈らなければ。
「…おや。カーディナル級……それも十章衆か。揃いとは珍しいものだね。明日は槍でも降るかな?」
遅れて場に現れたネツァーラグはやや驚きの言葉をあげた。
十章衆。カーディナル級の一部の10人をそう呼ぶ。パンデモニウムをひとつの本と見立てた時、彼らが章となる――つまり、物語を構成する要素となる。それほどパンデモニウムという本にかけがえのない存在ということだ。
というといかにも重要そうな感じがするが、カーディナルの中でも上位の階級というわけではなく、ただカーディナル級の一部の10人が勝手に名乗りだした名前である。彼ら10人はパンデモニウムがひとつの組織として成立した時から存在する古参だ。
我々パンデモニウムはひとつの物語となりましょう。そう言った彼らは自らを章と名乗り、そのまま雑兵たちを有象無象の文字と見立てレッター級と名付けた。
雑兵はレッター級とするなら幹部級は何としようか、と彼らが名付ける前に、カーディナル級という名称が定着してしまった。カーディナルとは、パンデモニウムがまだ組織立つ前、ただのならず者同然の集団であった頃の階級だ。章を名乗る彼らより古い歴史を持つ名称は本に見立てた改名を受けることなく現在に至る。
そんなことを思い出しながら、古きカーディナルからオーダー級に転身したネツァーラグは彼らを眺める。
古参ぶっているが彼らより自分の方が先輩だ。ネツァーラグはその"パンデモニウムがただのならず者同然の集団"の時からいる。彼らはそのあと、パンデモニウムというひとつの組織として再編成された際に組み込まれた。それからビルスキールニル陥落を経て今に至る。
「君たちが集まったということは…なかなかにまぁ…"それらしい"ね」
まさに戦争らしい雰囲気ではないか。戦いの前のものものしい気配を感じてネツァーラグは笑う。
とても面白い。大立ち回りの殺陣が舞台で繰り広げられることを期待しながら観客は大人しく待とう。面白くなければブーイングだよ。そう内心で呟く。自分はあくまで観客に徹しよう。舞台裏まで知っているのに舞台にあがるなんて滑稽だ。
「せっかく集まったんだ、"デューク"のありがたい言葉でも聞こうじゃないか」
なぁ、と玉座を見上げる。その布の向こうにいる男の顔をネツァーラグは知っている。章を名乗る彼らは知らない。その差に優越感を覚えながら玉座にいる王者へ促す。
促され、パンデモニウムの頂点に座す王者は口を開いた。
「……世界を手に入れろ」




