鷹が語る下世話な話
「…え…あ、いや…?」
「いやだってそうだろ?」
そういえば以前にも猟矢の幼馴染の少女について追及したことがあったと、ふとハーブロークは思い出した。
あの時は彼女の人となりについて聞くのが中心で、猟矢との関係についてだとか猟矢自身がどう思っているかについては聞く前に時間の都合で中断してしまったのだ。
いい機会だ。聞こう。給仕をしつつ酔い潰れた者から順番に毛布をかけてやっている宿屋の娘にノンナの串焼きを頼みつつ、ハーブロークは最後のナッツを口に入れた。
「ほらほら、恥ずかしがるなよ」
英雄伝説に自己投影しつつ姫役に好きな女を投影する。男は誰しもその手のことはやったことがあるものだ。
猟矢は、自分をモデルにした英雄伝説を作り、その舞台に好きな女を据えて恋愛劇を楽しむつもりだったのだろう。
そうでなければ説明がつかない。たかが"ただの"と認識する幼馴染がこの世界にいる理由が。
「いやいや待ってよハーブローク」
創作のキャラクターとして、自分の周囲の人間をモデルにする。そんな面はなくもない。かもしれない。
実際、自分が幼い頃そうした記憶はある。とはいっても恋愛の話ではない。いじめてきたガキ大将が脳内に思い描いた英雄にやられる想像をしたことがあるというだけだ。
ハーブロークの言うように、好きな女の子を投影したことなどない。そもそも初恋すらまだなのだ。かわいいとか気が合うとか思った子はいるが、だからといって恋愛感情を抱くまでには発展しない。
「は? お前もしかして童貞か」
「うるさいな」
この酒飲みめ。猟矢は眉を寄せた。この面倒臭い酔っ払いをバルセナが回収しにきてくれないだろうか。
期待をこめてバルセナの方を見ると、歌を披露するのに飽きて女同士の語らいに花を咲かせている。期待はできなさそうだ。
「そこで寝ゲロ吐いてるやつですら卒業してんのにお前なぁ……」
言うまでもなくアルフのことである。
机に突っ伏した状態で眠っているんだか気絶しているんだか沈黙しているアルフの机回りはなかなかひどいことになっている。
あれを掃除するのは大変そうだ。朝になれば宿屋の女主人が片っ端から桶の水をぶっかけて起こしついでに掃除するのだろうが。
「花宿行くか? 病気持ってなくて安くて慣れてるやつの見分け方教えてやろうか」
「いらないってば」
本当にこの男というやつは。後でバルセナに告げ口して殴ってもらおう。
猟矢はそう固く心に誓った。ちなみにバルセナにとって殴るという言葉は拳でなく六尺棒での殴打のことだ。十分に勢いの乗った六尺棒を振り抜いて急所を叩きのめす。場所は顎だったり鳩尾だったりするが、今回の被害の内容的には股間にいくかもしれない。
「いらねぇのかよ。……やっぱりそういうことじゃねぇか」
話が戻った。ノンナの串焼きの皿を給仕から受け取りつつ、ハーブロークは話題を元に戻した。
年頃のくせに手っ取り早く風俗に行く気もない。それはやっぱりそういうことではないか。
「初めては好きな女で卒業したいよな、うん」
「だから何言ってるんだよ」
下世話な話に猟矢は眉をひそめる。しかもとんでもない方向の憶測つきだ。
確かに、初めては風俗で適当にではなく好きな女でという希望もなくはないが。いやそういう話ではなく。
そもそも猟矢がいた現代世界ではこのくらいの年齢で経験無しなどそれなりにいるものだ。経験がないからといってどうこう言われることもない。
というか、だいたい、根本的に。
「……こっちの人が早いだけじゃないの」
そう思ってしまう。
現代世界のように文明が発達していないから平均寿命が低い。猟矢と同じくらい、それ以下の歳でも大人として扱われる。だから結婚に至るまで年齢が低く、その分そっちの初体験年齢の平均も下がっているだけなのでは。学校の授業でやった記憶なのだが、確か発展途上国はそういう理論があったはすだ。
この世界では機械の代わりに武具や魔法という存在が文明を支え、人だって自分に宿る魔力に応じて老化が遅くなり長寿になるという仕組みがあるが、理論は当てはまる面もあるはずだ。
「ナニ? ナニ話してるノ?」
「あ、ヴィト」
ちょうどいいところに現れた。救世主が救いをもたらしに来たと猟矢は思わず感涙しそうになった。
ちょうど今帰ってきたアッシュヴィトは、ふたりに割り込むような位置に椅子を引きずって持ってくる。すとん、と座り、そしてそのままハーブロークの手元のノンナの串焼きに手を伸ばした。
「あ、おいそれ俺の」
「細かいコト言いっこナシ!」
「横暴!」
そう言い合う間にもアッシュヴィトは串焼きを食べ続けている。アッシュヴィトの姿に気がついたバルセナが立ち上がり、女たちの会話の輪から外れてこちらにやってきた。
「大丈夫、サツヤ? この酔っ払いにいじめられてない?」
たとえば下世話な話を振られたりだとか。ハーブロークは酒が回ってくるとそういう話をしたがるということをよく知っているバルセナは猟矢に問うた。
「めちゃくちゃいじめられてた」
「いや俺は何も……あだだだだだだだ!! 耳! 耳!!」
猟矢の返答を聞いたバルセナは無言でハーブロークの耳を引っ張る。形の言い爪を立てて。思いっきり。
「ごめんなさいね、よくよくよーーーく言い聞かせておくわ」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
ぎりぎりと引っ張りながら、そのまま自室に歩いていく。爪を立てて引っ張られているハーブロークは悲鳴をあげながら引きずられていく。
痛いと叫ぶ悲鳴が聞こえなくなるまでふたりを見送った後、そうだ、と猟矢はアッシュヴィトに向き直った。
「ヴェイン、どうだった?」




