前々から気になってたんだが
結局、アッシュヴィトは戻ってこなかった。というとまるで何か厄介事に巻き込まれたような言い方だが、単にラピス諸島の領主と会食を済ませてから帰るそうだ。皇女と領主という立場を抜きに、ひとりの女性と親友の母親としての、ごく私的な食事会となる。
猟矢たちのベルミア大陸からの帰還を祝うパーティにはやや遅れてしまうが、必ず今日中には戻ってくるとのことだ。主役は遅れて登場するモノデショ、と通信武具の向こうでアッシュヴィトは悪戯っぽく微笑んだ。
「んで、サツヤ」
コココの種をローストしたナッツをつまみながら、ハーブロークは唐突に話題を向けた。
猟矢とハーブロークがいるのは宴の会場となった宿屋の食堂の端だ。帰還を祝うご馳走も平らげ、宴もたけなわ、おのおのがそれぞれ時間を過ごしている。酔っぱらいの酒絡みから逃げるかたちで猟矢が食堂の端に移動し、そこにハーブロークが酒とつまみを片手にやってきたところだ。
まだ祝いと称した騒ぎは続き、その輪の中心ではではアルフが船乗りたちに囲まれ、アズラの果実酒を飲まされている。バルセナは女たちに請われ、キロ島での様子を歌にして宴に華を添えていた。ダルシーはとっくに自室に帰ってしまった。
「なに?」
「前々から気になってたんだが」
これは酔っぱらいの戯言だと思って適当に流してくれ、と前置きしつつ、ハーブロークは話を切り出した。
「この世界の構造。お前が作ったモノの残骸、って話を前提にして話すぞ」
正直、その話はハーブロークにとって信じられないものなのだが。紙の上に書き散らした想像がひとつの世界として創造されるなんて到底信じられない。
信頼する仲間である猟矢がそう言っているし、それを否定する理由がないのでひとまず納得しているだけだ。
その真偽はさておいて、それを前提としてこれからの話をしよう。そう言ってハーブロークはコココの種の殻を手で割った。炒った殻は簡単に砕け、その中からナッツが転がり出た。
「この世界の要素は全部お前の創作の上、とする」
「うん」
ぱきり。割れた殻が音を立てた。それをつまんで口に運ぶ。
ハーブロークはいったい何の話をするつもりだろうか。身構えながら続きを促す。
「ところで、ラピス諸島の巫女、幼馴染に似てるんだってな?」
「え…? ……あ、うん」
いきなり話が飛んだ。思いがけない方向からの話に戸惑いながら首肯する。
ハーブロークが言っているのは現代世界の幼馴染のことだ。弓束。ユズと猟矢が呼んでいる少女は、小さい頃から知っている腐れ縁の幼馴染だ。男と女であるという性別などあまり意識せずに対等な友人として付き合っている。
そんな彼女はなんと、ラピス諸島の巫女に瓜二つである。それはもう似ている。彼女がこの世界に生を受け、この世界の住人として生きたとしたらこうなるだろうと思うほどに。
その弓束がどうしたのだろう。いや、この場合、言いたいのは巫女の方だろうか。それが何か、と猟矢はハーブロークに続きを促した。
「いやな、お前、そいつのことただのダチだとか言ってたけどよ」
この世界は猟矢の創作であるという前提を踏まえて考えると、少しばかり納得できない部分があるのだ、とハーブロークは続けた。
「というと?」
弓束は幼馴染だ。それ以外にない。自分よりも弓術が上手く、そして人付き合いも明朗で快活。快活さはエメットに似ているかもしれない。巫女は自分の役目を自負するが故に年相応の少女らしさを押さえているのか、歳よりも大人びていた印象がある。
そこにさらに情報を挙げるとするならば、猟矢の家の弓術道場の後継ぎは彼女がふさわしいだろうと猟矢が引け目を感じているくらいだろうか。師範の息子であるだけで弓の腕はあまりよろしくない猟矢でなく、腕も立ち周囲に慕われている彼女が継ぐべきだと、そう猟矢本人は思っている。だがそんなことはハーブロークには知りえないし、知ったところでそこは関係なさそうだ。
それで、納得できないこととは。
「いや、これだけお前の創作詰め込みまくった世界に"ただの幼馴染"がいる、しかもラピス諸島の巫女なんて重大なポジションだ。……"ただの"と称する割にはおかしいなぁ、と思って」
ぽりぽりとナッツをかじりながら、真剣にハーブロークは続ける。
ただの幼馴染ならば、どうして世界の中にいるのだ。なぜ、創作に登場しているのか。
特に意識もしていないどうでもいい相手ならば、幼馴染の存在は世界に反映されないはずではないのか。
それをおして、幼馴染と瓜二つの存在はこの創作世界に現れた。しかもラピス諸島の巫女という重要な位置だ。
巫女はアブマイリの儀式でもって人と神の繋がりを示す役割を持つ。巫女が儀式を執り行わなければ人と神の繋がりは断たれる。繋がりが断たれれば世界からあらゆる神の比護は消え、世は混沌に陥る。
そんな重要な位置に、どうして幼馴染が置かれているのか。
つまりは。
「本当にその幼馴染に気がないのか?」
「……………は?」
「いやだから、あれだろ。物語のヒロインの名前のところに好きな女の名前入れるやつ」
英雄物語の登場人物に自己投影する。ついでに姫役に好きな子の名前を挿入して妄想にふける。そんなことは思春期の子供ならやったことくらいあるだろう。
かくいうハーブロークも英雄伝説になぞらえて恋人を口説き落としたクチだ。ちなみに気障すぎて呆れられた。あまり思い出したくもない記憶だ。脳裏に蘇ると枕に顔を埋めながら暴れたくなる。
この世界に幼馴染が登場したのは、その手のものではないのか。そうハーブロークは猟矢に問うた。




