透明と指揮者よ、また会う日まで
ノーブル・コンダクトは"コーラカル"への加入を決めた。その方針はベルミア大陸中に大々的に発表された。
パンデモニウムへの服従の結果がアルフェンド国であり、そしてさらには10万人もの供出だと。滅びを強いるパンデモニウムに反逆し、彼らと戦うと。そのためとして、志を同じくする"コーラカル"に迎合しその輪に加わると。
そのような演説とともに、ノーブル・コンダクトは"コーラカル"に加わることをベルミア大陸だけでなく世界へと宣言した。
その流れに便乗するかのように、キロ島やクレイラ島もまた次々と同盟に連なることを正式に発表した。
こうして、全世界は"コーラカル"の元にパンデモニウムへと反旗を翻すこととなったのである。
その発表から数日、猟矢たちはクラルテクランの拠点のひとつである配達局のシヴァルス支局にいた。
「もう帰るの?」
「あぁ、やることないしな」
ノーブル・コンダクトは"コーラカル"への加入を決めた。そのための橋渡しはエメットがつとめることとなるそうだ。
エメットを橋渡しにして、同盟の加入の手続きを済ませる。それらは各国の王や都市国家の領主、そして"コーラカル"の盟主たちによる政治的な打ち合わせとなるだろう。
それらに対し、猟矢たちがやることはもうなくなった。やれることといえば、"コーラカル"の旗印として加盟の式典に参列するくらいで、式典の手はずが整い、式典の時になるまでは旗印としてやることはない。ひたすら待機だ。
"コーラカル"の旗印としてやることがないなら個人としての活動に戻るだけ。すなわち、バハムクランのいちメンバーとしての活動だ。
そういうわけでキロ島にいるバルセナたちとエルジュで落ち合おうと話し合い、猟矢たちはここを発つことをジョラスたちに伝えて今に至る。
「名残惜しいのぅ……おっと、名残惜しいな」
まだ老婆口調が抜けないらしい。ネキアが慌てて言い直す。
シヴァルス国の兵士の死体に寿命を数ヶ月分割して手足として操っているのだそうだが、そのせいで成人男性がぬいぐるみを抱くという異様な光景となっている。
ネキアの手足となった兵士の彼の人生になりきるつもりはないようで、これからも変わらずネキアとして過ごすという。それに伴い、ネキアはしばらくベルズクリエの支局へと異動するとのことだ。兵士の彼の家族に見つかればややこしいことになるだろうから、それを避けるためだ。
ジョラスやセレットは所属通りにそのままシヴァルス支局に残る。欠けたネキアの代わりにベルズクリエ支局からひとり要請して数合わせすると聞いている。
ジョラスにとっては娘とのしばしの別れになるが、元々両支局は頻繁に人が互いに出入りするので顔を合わせる機会はいくらでもあるだろう。
それよりも目の前の別れだ。役目を果たした猟矢とアッシュヴィト、アルフはエルジュに帰るという。帰ってしまえば次に顔を合わせる機会はいつのことか。ベルミア大陸とディーテ大陸は遠い。いくら通信武具で声を届けられるとしても転移武具で渡れるとしても、それでも遠く感じてしまう。
「寂しくなるのぅ…じゃなくて、寂しくなるな」
「ま、今生の別れでもなし。いつかまた会えるさ」
しょんぼりとしたネキアをジョラスが慰める。老婆や青年のふりをしていてもネキアの中身はまだ少女なのだ。別れを寂しがるのも仕方ない。
「そーそー、コトがコトだし? そのうち会えるだろ」
これから待っているのはパンデモニウムとの戦争だ。世界対パンデモニウムの全面戦争。それならば会わない道理がない。顔を合わせる機会はいくらでもある。
軽い口調でセレットがジョラスの言葉に付け足した。
「まー、死体として面会って可能性も」
「セレット!」
別れを寂しがる少女の前でなんてことを。ジョラスが咎める。過保護親って怖ぇ、と首を竦めながらセレットは内心でぼやいた。口に出すと親馬鹿親父の拳骨が飛んでくるので黙っておく。
「そうだわ。大丈夫よ」
ぽんぽんとエメットが兵士が抱いているぬいぐるみの頭を撫でる。感覚は共有しているらしいので撫でる相手は本体でなくとも構わないのだが、さすがに成人男性の頭を撫でるのはためらわれた。
「……わかった」
寂しいが我が儘を言うわけにもいかない。ネキアは猟矢たちを見送ることにした。
ぴょこぴょことぬいぐるみの手を持って振り、ばいばい、と示す。
「ネキア、ジョラス、セレット、エメット。またネ!」
ネキアに手を振り返し、アッシュヴィトは"ラド"を起動する。
これで長かったベルミア大陸の旅も終わりだ。色々あったなぁ、と回顧にひたりながら転移魔法を展開する。
「ボクタチを…貿易都市エルジュへ!」




