砂都の悲劇
「悪かったよ。砂語で話しかけられるとついね。…さて、改めて現状を確認しようか」
先程簡単にクレイラ島の現状を説明したが、時系列も交えて再度状況を確認するとしよう。
3日前のことだ。砂嵐の季節になってしまったから外で子供たちと遊ぶことができませんね、と領主とその妻とを交えクレイラ・セティと話していた時のこと。残念そうにぐるぐると鳴く巨犬は神の力を割譲された神の代行とは思えないほど気安く、まるで遊び盛りの子犬と変わりはしなかった。そんなほのぼのとした時間が流れる王宮に突如としてパンデモニウムが現れたのだ。
「人数は…僕が把握しているのでレッター級が数十人、それとカーディナル級がひとり」
まさに突然としか表現しようがない。瞬きの一瞬の間だ。自分たちが談笑していた玉座の間を取り囲むようにしてレッター級が、玉座に座してカーディナルがひとり現れた。誰だ、と誰何の声を上げるより先にクレイラ・セティは無数の杭によって床に縫い付けられた。悠然と玉座に座ったカーディナルの女の手元に光る銀が見えて、武具によってクレイラ・セティにそれをなしたのだとすぐにわかった。
床に縫いとめられたクレイラ・セティが視線で逃げるように促し、それに弾かれるように領主とその妻を連れ、包囲を突破して逃げ出した。緊急時の避難通路として用意されていた地下通路を目指し、兵士が虐殺されていく王宮を駆けた。
「それでも追いつかれて…ミドラ様、領主妃が囮に」
地下道の入り口である隠し扉を開け、ひと1人がようやく通れる隙間に身体を滑り込ませた。ヴィリを先導に領主を地下道へと押し込め、ミドラ様も早くこちらにと手を伸ばした時、追手が迫る足音が聞こえた。
このままでは追いつかれる。自分も含め、護衛であるミララニの数人が地下通路に降りれずまだ部屋に残っている。自分たちが順番にこの扉をくぐり、隠し扉を元に戻して隠す時間の猶予はない。だが、自分たちがこの扉を今すぐ閉めれば隠し扉は追手から隠すことができる。そう判断した彼らの判断は早かった。領主妃であるわたくしならば追手の気が引けますでしょう、その隙にどうか、と地下道に通じる部屋の隠し扉を閉じたのだ。
どうか逃げてください。覚悟を決めた彼らの声を背に暗い地下通路を走った。何度も後ろを振り返る領主を無理矢理にでも歩かせて地下通路を半日かけて走った。だがその地下通路を抜けた先に待っていたのは。
「…大臣が内通者だったんだ」
束の間の逃亡劇、ご苦労様でした。そうほくそ笑む小太りの大臣に見下されながらパンデモニウムのレッター級たちに押さえ込まれた。これ以上の抵抗を見せるのならこうする、と領主妃と一緒に残ったミララニの者たちの首が掲げられた。領主妃は生きているがそれもお前たちの態度次第だ。そう囁かれた領主は覚悟を決めた。
お前たちだけでも逃げて、このことを"篝火"に伝えなさい。領主にそう命令され、自分の無力さを呪いながら逃げた。そうして首都の郊外にあるこの廃屋にたどり着いたのが昨日。無力を呪う晩が明けて今朝、通信武具で"アトルシャン"に連絡を入れようとしたら。
「通信が遮断されていた。通信武具を遮断して妨害する武具があるんだってね」
ひどい雑音で会話が不可能だった。島内の会話は問題ないのにだ。外に助けを求められないように遮断しているのだとグウィネスが気付いた。彼女は武具製作の職人で、武具についての知識の造詣は深い。
こうなれば自分たちでどうにかするしかない。外部に助けを求められるように手を打つとグウィネスがゼフィルを伴って放棄した拠点に道具を取りに行った。
戦うとしても、ともあれまずは食事から。昨日から何も食べていない。空腹ではろくな案も出てこない。そう言って食べ物を調達してくると出かけたヴィリが猟矢たちと合流して今に至る。
「レジ! とんでもないリャソフの話で食欲が進まないかもしれませんけども、メジができましてよ」
乾燥させた豆や麦をすりつぶして水を加えて捏ねた生地を焼いたものだ。味付けはない。粗末極まりないがこの状況では仕方ない。スティーブが現状を説明している間に作った食事を置いた。
クレイラ島の食事様式は本来ならば高い椅子と机を用いる。だがこんな廃屋ではそんなものはない。床に円座を敷き床に直接皿を置くしかできない。せめてもと布を敷いたがあまり意味はないだろう。
「味がしないデス」
「調味料がないから仕方ありませんわ」
眉を寄せるゼフィルにグウィネスが答える。食べられるだけありがたいと思ってほしい。
そんなやりとりを見ながら、猟矢はそっと食事を口に運ぶ。豆と麦を捏ねたそれはパンに似ているというのが味の感想だった。パンの柔らかさはまったくないが、食感も味も近い。パンを扁平に潰して圧縮したような感じだ。
パン。パンといえば。あ、と猟矢が声を上げた。味しねぇなぁ、とぼやいたハーブロークが顔を上げた。どうしたのかと一同が注目する中、猟矢はズボンにぶら下がっているチェーンを取り出した。よっ、と魔力を込めると、ぼふんと立ち上がった煙とともに鞄に変わる。ものを持ち運びする時に使う武具だ。鞄の口におさまる大きさのものならなんでも入る。荷物倉庫のようなものだ。
猟矢は鞄に手を突っ込むと、ごそごそと中を探る。目的のものを手の感触で見つけると、それを引っ張り出した。取り出したのはアズラのジャムの瓶だ。
「ジャムあるけど……つける?」
「マジかよ。さすが」




