指揮が紡ぐ指先
時は少しさかのぼる。
「……行きましたね」
シヴァルス国で反逆者を捕縛した。引き取りを願う。そうノーブル・コンダクトが報せを出し、即座にパンデモニウムが現れたと報告を聞いてそちらに向かった旗印ふたりの姿を見送り、ヴィリア国の国王は静かに呟いた。
"コーラカル"がベルミア大陸を守るという気概を見せるにしろ、パンデモニウムが制圧するにしろ、どちらにしろノーブル・コンダクトには得になる。"コーラカル"が守ることでその実力を測れるし実力がわかればどの程度利用できるかが判明する。パンデモニウムが制圧すれば、そのきっかけとなった餌を差し出した我々の地位は向上する。さて事態はどう動くだろうか。
「皆様方」
旗印ふたりはやるべきことをやるために行った。それなら次は自分の番だ。エメトラルダは声をかけた。
エメトラルダがここでやるべきことはひとつ。ノーブル・コンダクトの説得だ。少しでもこのあとの状況が優位にはたらくようにする。
猟矢たちはパンデモニウムを下すだろう。それを見てノーブル・コンダクトは"コーラカル"へ加入することを決める。そこで橋渡しをするのが自分のこれから先の役目。それをするために少しでも多く伏線は張っておくべきだ。
「おっと。喋るでないよ」
神聖な議会が汚れる。ベルズクリエの女王は扇を払ってエメトラルダを制する。
ここは王族にのみ許された神聖な議会。家を勘当され、平民と変わりない身分となった者が立ち入ることなど許されないのだ。それを押して立ち入ったあげく、言葉を発しようなどと。平民には喋る資格すらない。
「結果が出るまでエメトラルダ殿にはご退場願おう。そうだな、妾が身分を預かろう」
ここはノーブル・コンダクトの神聖な議会。本来、王族でもない人間がいていい場所ではないのだ。早々に退室してもらおう。
そのエメトラルダの行き先だが、こちらで預かるとベルズクリエの女王は言った。
勘当した父とされた娘では居づらいであろうし、ヴィリアの若き王が年頃の女性を招いたとあれば要らぬ邪推を呼ぶ。なのでこちらで引き取ろう。同じ女同士で共通する話もあるだろうし。
「あぁ、妾も退室するぞ。客人を放っておくわけにもいかんでな。というわけだ、エメトラルダ殿。こちらに来てくれるだろうか?」
「……了としました」
警戒心たっぷりにエメトラルダは頷く。これは、こちらを懐柔するつもりだ。こちらの話など聞かず、一方的に要求を押し付けるための伏線だ。
"コーラカル"の旗印たちが結果を出すまでの間、エメトラルダの身柄を保護することで旗印たちに恩が売れる。
そして、エメトラルダとの接点も作ることができる。そうすればエメトラルダ経由であの配達局の背後にいる反パンデモニウム組織にわたりがつけられる。
どちらにも貸しを作ればこのあとのことはどうにでもできるだろう。そう女王は考えているのだ。
実のところ"コーラカル"もエメトラルダの背後組織も同じ存在なのだが、そんなことこの時の女王は知るよしもなかった。関係のない別個の組織と切り分けて考えていた。だからどちらにも接点を作ることは重要だと判じた。
「さ、こちらへ」
ベルズクリエで最も尊いとされる色である青のドレスを翻し、ベルズクリエの女王はエメトラルダを導く。
会議場の壇上に据えられた座から降り、ベルズクリエ国からの転移装置へと続く扉を開けて道を示す。
誘導に従って歩みを進めるエメトラルダの背後につき、扉を閉め際に議場を振り返る。恩を売るという意図に気付いたヴィリアの若き王が自らの出遅れを理解して苦渋の表情を浮かべていた。
苦い顔をしている若き王に勝利の笑みをひとつ落とし、女王は自国への転移装置を起動した。
かちん、と動いた転移装置が連れてきたのは、シヴァルス国にあるものと変わりない部屋だった。
中心に転移装置が置かれ、それから伸びるように部屋の四隅に装飾のように青い線が引かれている。
細かい差違はあれど、シヴァルス国の転移装置とほとんど同じだった。
「連れ回して心苦しいが、こちらへ」
「お気遣い痛み入ります」
隣の部屋へと誘導される。行き着いた先は歓談室のような内装であった。
ゆったりと腰かけられる大きめのチェアと邪魔にならない高さと位置を絶妙に計算して置かれた机。机の天板のふちには金で細かく装飾が施され、豪奢な雰囲気の演出に一役買っていた。
そのうちのひとつをエメトラルダに勧め、言われた通りにエメトラルダが従う。
ゆったりとしたクッションの心地いい沈み込みを感じながら、さて、とエメトラルダは思案する。"コーラカル"の旗印ふたりの結果が出るまで議場にとどまり説得に尽くすつもりであったのだが、あれこれと巧妙に引き離されてしまった。
とりあえず女王だけでも陥落させるべきか。議場で全員まとめてとはならなかったが、やらねばならない。幸い、この女王は最も"コーラカル"加入に積極的だ。女王を引き込めばこれからの取っ掛かりにはなるはず。
そう思考をめぐらせるエメトラルダの対面に据えられたチェアに、もてなしの手配を済ませた女王が歩み寄る。
そして。
「あーー!! 疲れた!」
ぼふ、と。さっきまでの厳めしい雰囲気など投げ捨てて、女王は乱暴にクッションに沈みこんだ。




