火に汚れた琥珀
「アレイヴ族…!?」
確かに、思い返せば名乗りの際に聞いたクァーユスニーウという姓。あれはアレイヴ族固有の名付け方だ。ダルシー・クァルスリーウと同じ響きのそれは、間違いなく彼がアレイヴ族であるという証左だ。
姓の響きを聞いて気付かなかったわけではない。聞いたのはアレイヴ族の姓だが、彼は男だからアレイヴ族ではないだろうとその可能性を無意識に排除していた。アレイヴ族のような姓も、偶然にもたまたま似た響きなのだろうと考えてしまっていた。
そうだ。アレイヴ族の男は希少なだけでいないわけではないのだ。ごく稀に生まれてくるというそれは、その希少性から琥珀と呼ばれる。そうミリアム諸島で教えてもらったのはついこの前のことだ。
「亜人かよ」
セレットとジョラスの表情も驚愕に彩られる。深くフードをかぶり、容姿を隠していたのはこれが理由か。亜人であることが露見しないために。
亜人であることがばれたら、たとえ脅威の体現のパンデモニウムであっても態度に変化が出る。表向きはパンデモニウムという肩書きに恐れおののいても、裏では亜人ごときだとか劣等種めとか言われるだろう。事実、セレットの胸中に去来したのは強い侮蔑であった。劣等種ごときに今から殺されるのかと。
「違う」
亜人と露見するのが怖くて隠したわけではない。亜人差別など知ったことか。そんなことはどうでもいいのだ。ブランガは否定する。
ブランガにとって人間とは、パンデモニウムかそうでないかの2つしかない。亜人だろうがヒトだろうが、スルタン族だろうがベルベニ族だろうが竜族だろうがキロ族だろうがシャフ族だろうが関係ない。パンデモニウムであれば歓迎するしそうでなければ殺すだけだ。
フードで隠していた最大にして唯一の理由は自分の容姿だ。疎ましいアレイヴ族固有の容姿が晒されること。それによってアレイヴ族であると認知されることだ。それが重要なのだ。
だから隠していたのだ。亜人と露見してベルミア大陸式の対応にさらされるよりも、この容姿からアレイヴ族とくくられることの方が余程屈辱だ。
大きく裂かれてしまったせいでフードをかぶりなおすことはできない。容姿は隠せない。あぁ、鬱陶しい疎ましい忌まわしい。
「アレイヴ族が、なんで」
猟矢も驚きのあまり攻撃の手が止まった。アレイヴ族はパンデモニウムに襲撃される側であって、被害者だ。襲われ、そのたびに大樹の精霊トレントが追い返していると。そのアレイヴ族を仲間に引き入れるためミリアム諸島に渡った。
その時のことは忘れるはずもない。ミリアム諸島で起きた出来事も、アレイヴ族の文化もだ。
アレイヴ族の男は琥珀と呼ばれ丁重に扱われるということ。そして、木を燃やす火を嫌い金属を嫌う。それゆえに武具も持たず、武具を扱う人間を"火に汚れし者"と蔑む。武具がない代わりに魔術式を刺青として施し、それに魔力を込めて魔法を起動する。そうだと知っている。
それなのにブランガはその知識のどれにも当てはまらない。ブランガはパンデモニウムを背負い加害者側になっている。しかもカーディナル級。
それどころか、アレイヴ族が嫌っているはずの武具を扱っていた。"火に汚れし者"と疎んでいるはずのものになっている。
「違う」
亜人だから隠していたのかと言われ、否定した時より強い口調でブランガは猟矢の言葉を否定した。
「俺はアレイヴ族なんかじゃない」
あんな種族と一緒にされてたまるか。アレイヴ族であることなど捨てた。"火に汚れし者"など大歓迎だ。
吐き捨てるブランガは心底それが嫌なようだった。アレイヴ族として扱われることがどんなことより忌まわしいと。
「アレイヴ族にくくられるし、丸腰にはなるし、最悪だ」
思わず愚痴てしまう。
ブランガの口から出た呟きに、あれ、と猟矢は疑問が浮かぶ。
この際ブランガがアレイヴ族だということは置いておく。それよりも丸腰とは。カーディナル級ともなる人間が、あんな低級の武具ひとつしか持っていないのか。
シャオリーの"呪縛刀"、ミュスカデの"ドッペルゲンガー"。今まで戦ったカーディナル級の者は皆、それぞれ強力な武具を持っていた。あんな、ただ腕輪の一部が変形して棘のように尖るだけの単純かつ低級の武具だけなど信じられない。
「あぁ。そうだ。武具は確かになくなった。丸腰だ。認めよう。だが」
だが、と続けたブランガは腰飾りに魔力を込める。空間に干渉し、異次元への扉を開く。といっても、片手が入る程度の小さな亀裂であり、大それたものではない。これは一般にも倉庫代わりとして使われている武具だ。
彼はその亀裂から銀のインゴットと何かしらの模様が描かれた羊皮紙、そして水晶のかけらを取り出す。どれも手の平程度に乗る小さなものだ。
あのインゴットは武具ではなく、ただの銀塊だ。何をするのか知らないが、何かをする前に首をはね飛ばしてやる。そう判断したアッシュヴィトは次の瞬間信じられないものを見る。
「なくなったら、作るまでだ」
インゴットが融解した。




