亜人に対する態度について
パンデモニウムに反意を持つ集団を引き渡すから来てくれ。急な連絡だったが、引き受け人は即座に現れた。
"ラド"で転移してきた彼はカウルをまとっていた。灰色のローブについたフードを深くかぶり、顔を隠している。背丈から男とわかるが、容姿はカウルのせいでわからない。
引き渡しの場に現れた彼がパンデモニウム人間と知れたのは、ローブの背にパンデモニウムの刻印が記してあったからだ。
「ご苦労。パンデモニウムがカーディナル。"高潔"、ブランガ・パンデモニウムが引き受けよう」
カウルで顔を隠している不審さを補うためか、わざわざ姓を修飾し、万魔の悪徳パンデモニウムと名乗る丁寧さだ。それでは証明に足りぬかと、手の甲に刻んだパンデモニウムの刻印の刺青まで見せてくる。
そこまで丁寧に証明してくるのだから正真正銘パンデモニウムなのだろう。間違いないと判じてシヴァルス国の兵士長は一歩進み出た。
「よくぞおいでくださいました」
パンデモニウムに反意を持つ集団を捕らえたというシヴァルスの兵士長は平身低頭で彼を出迎える。
頭を下げすぎて腰が曲がったまま固定されてしまうのではないかというほどの腰の低さで兵士長は檻を指す。
檻には壮年に片足を突っ込んだくらいの年齢の男、そして成人した程度の年齢の青年と、ぬいぐるみを抱いたまま横たわっているスルタン族の老婆がいた。
「こちらが件の集団です。このあとはあなた様に一任いたしま………」
「どうした?」
「え、あっ、いいえ! なんでもございません! ささ、こやつらを連れていってください!」
背骨の曲がった老人よりも腰を低く頭を下げた兵士長は、ふと彼を見上げて言葉を止めた。不審に思って続きを問われ、慌てて言葉を続けた。
「…? そうか、確かに引き受けた」
齟齬がないよう、引き渡しの証文に署名をしなければならない。確かに受け取ったという文面の書類をしたためる彼にあとを任せ、そそくさと兵士長はその場を離れた。
彼の姿が手の平に乗るほど小さく見える距離まで離れた兵士長は、はぁ、と溜め息を吐いた。
「兵士長、どうなされたのですか?」
パンデモニウム相手で緊張したのだろうか。些細なことで機嫌を損ねれば何が起こるかわからない。言葉に気を付けなければ次の瞬間殺されているのかもしれないのだ。いや、こちらに何も非がなくとも、手遊びだとか暇潰しだとかそういう下らない理由で殺されることだってある。だから緊張したのだろうかと部下である兵士が問うた。
部下の問いに兵士長は首を振った。確かに緊張はしたが、それよりも。
「あの男、亜人ではないか」
平身低頭だったせいで、ふと見上げた際にカウルの中身を見てしまった。深くフードをかぶって隠したそこにあったのは、褐色の肌に銀髪。
褐色の肌と銀髪はアレイヴ族の特徴だ。アレイヴ族の男など聞いたことも見たこともないが、ともかくあのパンデモニウムの男は亜人だったのだ。
「……劣等種め」
亜人などにぺこぺこと頭を下げなければならないとは。奴がパンデモニウムでなければ、劣等種がベルミア大陸の土を踏むなと棒で叩いているところだ。あのスルタン族の婆のように、地面に転がして叩きのめしてやりたいくらいだ。
ベルミア大陸は人間の土地だ。人間が切り開き興してきた。それを後からやってきた亜人ごときがのうのうと存在していい土地ではない。劣等種は地方の小島にこもっていればいいのだ。
なのにあの男ときたら、劣等種の分際で。パンデモニウムだからと偉そうに。
吐き捨てるように亜人差別を小声で呟く。こんなこと、あちらに知れたらパンデモニウムの名のもとに殺されてしまうのだろうが吐き出さずにはいられない。それほど亜人は忌ま忌ましい存在なのだと兵士長は思っている。
「心中お察しします」
そしてその価値観は兵士長だけのものではなく、この場にいる兵士たちも同様のものだった。否、亜人差別はベルミア大陸全体に蔓延するものだ。
「あぁ今日はなんて日だ。汚いスルタン婆は見なきゃならないしアレイヴの蛮族に頭を下げなきゃならないなんて」
「……ネキア、大丈夫か?」
そっとセレットがネキアに訊ねた。思いっきり殴られ投げ飛ばされた後だ。
亜人だからあの扱いは仕方ないとはいえ、あまりにも目に余る。スルタン族の老婆は相変わらずぐったりと動かない。かろうじて呼吸はしているが、息は細い。骨のひとつやふたつ折れてしまったのかもしれない。
「……もうだめだな」
代わりに答えたのはジョラスだった。老婆の華奢な身体ではもうもたない。生命を維持することができない。
どんな優秀な医者にかかろうとも、この老婆の身体はどうにもならないだろう。
投げ飛ばされたネキアを抱き止めた時、ジョラスは直感した。この老婆はもうもたないと。抱き止めた手が真っ赤に染まっていたのだ。
「……そっか」
ジョラスの返事を聞いたセレットは、はぁ、と長い息を吐いた。
「じゃ、お別れだな」
そう言って、老婆の腕に抱かれていたぬいぐるみを手に取った。ちゃり、と縫い付けられた銀の飾りが鳴った。
もうジョラスもセレットも老婆には目もくれなかった。
「よしよし、災難だったな」
ぽんぽんと軽くはたいてぬいぐるみの埃を落とす。それは、老婆が大切にしていたぬいぐるみにする行為にしてはやけに丁寧であった。
「おーい、兵士さん。このばーちゃんもう死んでるから檻から出してその辺に捨てといて。このままじゃ腐っちまうし、そうなったら臭くて仕方ねーよ」
「……は?」
あっさりと、セレットはそう言った。死体と同じ檻にいたくないから、さっさと死体を排除しろと。
その言葉に檻の番をしていた兵士は瞠目した。あの老婆は仲間ではないのか。それなのになんとあっさりと。
兵士からしたら忌ま忌ましい亜人に違いないので死体をその辺に捨てることは別に構わないのだが。
いやそれにしたって仲間に対する態度ではない。亜人とはいえ仲間に違いないはずなのに、死んだらあっさりと見捨てるだなんて。
「ちっちゃいけど邪魔なんだよ」
戸惑いを浮かべる兵士に構わずセレットは老婆の死体を押しやる。その顔はいたって正気で、仲間の死によって錯乱しているわけではない。
ジョラスもまた、口には出さないが老婆の死体を邪魔くさそうに見ている。早く捨ててくれないだろうかと思っている。
「ほら、さっさと片付けてくれよなー」
「……あぁ、わ、わかった」
戸惑いながらも兵士はそれを了承した。檻の入り口をわずかに開け、隙間から老婆の死体を引きずり出す。彼らの言う通り、本当に死んでいるようだった。
それらを見、セレットは呟いた。
「新しい奴、見つけないとなぁ」




