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カミサマが助けてくれないので復讐します 2  作者: つくたん
再び、ベルズクリエ
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観客は舞台にあがる

キロ島での戦線とは対照的に、クラルテクランでの生活は穏やかなものだった。いかにも観光客であると装い、何気ない会話を装って噂を流して餌を撒く。そんな日が数日続いた。

"アトルシャン"の情報網でキロ島でのことは聞いている。連合召喚で信仰神を召喚するにとどまらず、神の力を召喚することでパンデモニウムの艦隊を壊滅させたと。そしてその様子はぼんやりとながら世界中に伝わり、キロ島がパンデモニウムを返り討ちにしたとして街角の噂となっている。

「そういえば、例の…ほら、あれさ」

あぁ、草原に隠れ住んでいるとか。怖いよなぁ、食料調達とか言ってここまで来ないといいけど。来たら観光どころじゃないからな。往来を通り過ぎる通行人にそれとなく聞こえるようにそう言い合う。こうした地味な活動が実を結び、ベルズクリエ国の各所では噂が絶えなくなっていた。噂は郵便配達を装ったクラルテクランのおかげで隣国のシヴァルス国にも広がった。噂というものは速いもので、クラルテクラン側からの流布があったとはいえそこから一気に拡散した。このベルミア大陸において、パンデモニウムの脱走者が隠れ住んでいるという噂を知らない者はいなくなった。

「どこもかしこもキナ臭いよなぁ」

「ほんと。こんな調子だと自衛だけじゃままならないわよね」

国々がまとまって相互防衛条約でも結んでほしいものだ。安心して暮らせる生活が欲しい。そういう論調に持っていくことで噂と合わせて世論を仕向けていく。この世論をベルミア大陸中に浸透させるには時間が足りないだろうが、ごく一部でもそんな意識を持たせることができれば効果が出る。自衛だけでは自国を守るに至らないと知り混迷した時にこの意識が芽吹くはずだ。

「あぁやだやだ、安心したいもんだわ」


パンデモニウムから逃げ出した脱走者がヒリディヴィ山の麓の草原に隠れ住んでいる。そんな噂を耳にした。

見え透いた罠だと直感した。ヒリディヴィ山の麓の草原に逃げ込んだなどと。あんな、隠れる場所もないような広い平原に向かったところで追手をやり過ごせるわけがない。だからこれは間違いなく罠だ。追手を待ち受け、返り討ちにするための。

だが見え透いた罠だからといってこの機会を見逃しはしない。望みどおり罠に飛び込んでやろう。奴らにとって自分の存在はかつてないほどの大物だ。この大物を逃がすことなく捕まえられるかどうか見極めてやろうではないか。

「さぁ、舞台の始まりだ」

失望させてくれるなよ。ネツァーラグは笑って草原に足を向けた。

こんなつまらない劇など終わらせてやる。神よりも上位のものが仕組んだ世界は非常に整然としていて退屈だ。そこには発展も進化もない。進歩のない世界だ。ヒトがどんな発見をしようとも、それは神が"気付き"を与えているだけで、その人の発見ではない。発見者は誰でもいいのだ。たまたま選ばれたというだけ。そこに差別も区別もなければ適正も適切もない。誰が何でもいいのだ。

あのラピス島の巫女だって。神と通じる巫女という地位にあるが、その地位に選ばれたことに特に理由などない。強いて言うならば魔力の質が神と通じやすい良質なものだったというだけ。たまたまチャンネルが合っていたからであって、領主の娘という血縁も神の島(ビルスキールニル)の皇女の親友だからということも何も関係ない。他に彼女以上にチャンネルが合う人間がいればその者が選ばれていた。だたそれだけだ。

ただそれだけだというのに。巫女に祭り上げられたばかりに。そうなってしまったがために彼女はああなった。人間としての意識と巫女としての知識を抜き取られ、ヒトの形をした肉となった。哀れなことだ。"ただそれだけ"で。

それをなしたのはネツァーラグ自身であるのだが。抜き取られた知識は器となる研究員に移植され、そして意識はここにある。ネツァーラグは自身の首にさがるものを服の上からそっと撫でた。"リアン・ブロキュス"。繋ぎとめ封鎖するものという意味を持つそれは銀板に装飾を施した手のひら大のタペストリーのようなもので、首から提げるための鎖がついている。意識や精神、思惟、感情といった"こころ"を引き抜き封印するという能力を持つ。呪具のような忌まわしいものだ。そういった呪わしいものには代償がある。その代償を払い、ネツァーラグは巫女の意識を奪い去ってこれに封印した。ネツァーラグが死ぬか、あるいはタペストリーが破壊されない限り巫女の意識は永遠にこれに封じられる。

殺されるはずがない。どんな人間が相手だろうと負けない自信をネツァーラグは持っていた。逆恨みを避けるために本来なら素性を隠すはずのオーダーの衣装を着て仮面を見せびらかすのもそのためだ。逆恨みの刃を向けられても返り討ちにする実力を持っている。実際に何百人も討ち果たした。

たとえビルスキールニルの皇女が相手でも、それを凌駕するという魔力を持つ少年が相手でも、負ける気などしなかった。

だって自分はすべてを見たのだ。この世界の真相を。真実を。作られるだけ作られ、そして見捨てられた哀れな世界の構造を。もはや自分は神に近い。ヒトは神には勝てないというのが世界の理ならば、神に近い自分だってそれは適用されるはずだ。だから誰が相手でも負ける気などない。それは絶対の自信。何にも覆されない。そのはずだ。

ふと、霊峰ヒリディヴィの洞窟での光景を思い出した。寿命を示す蝋燭の伝説だ。誰が置いたかは知らないが、ネツァーラグの名が刻まれた蝋燭は短かった。伝説通り、蝋燭の長さが寿命を示すというのなら、自分の余命はあとわずかということになる。病気か事故かそれとも殺されるのか。死因など蝋燭は教えてくれなかったが、ともかくも蝋燭の伝説が正しいならネツァーラグは近くに死ぬのだ。

「馬鹿馬鹿しい」

脳裏によぎった伝説を振り払うように、ネツァーラグは鼻で笑った。ありえない。

「この僕が死ぬはずないんだ」

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