第6話:円卓の間で動揺する
匠は、リシアナの回答を聞いて、記憶の中にあるゲーム内の帝都の人口と、さきほど見た内政画面における現在の帝都に表示された赤色の人口を、頭の中でざっと比較した。
正確な数値ではないにしろ、城外にいる人たちで軍が保有していた野営用の天幕を設置したとしても、恩恵にあずかれるのは、良くて、40分の1ぐらいだろうと見積もった。
(足りないってもんじゃないな)
「それは確かに不幸中の幸いですね。でも、城外にいるのが帝国の全住民であれば、それでも数が足りません。一部の人たちが帝都内の宿泊施設とかに入れたとしても、多分190万人分くらい新たに天幕を作って寝床を確保しないといけないかもしれません」
190万人分を収容する天幕という途轍もない数に円卓の間に座る一同は、1名を除いて険しい顔をする。
「リシアナさんの方で天幕を早急に増産することは可能ですか?」
「タクミ様のご要望とあれば、私、身命を賭して成し遂げてみせます」
唯一、険しい顔をすることもなく匠を見続けていたリシアナは、頬を更に蒸気させて瞳を潤ませ身を乗り出しながら答えた。
(えええ、ちょっと、このダークエルフの人、何で喜んでるの!?しかも微妙に質問の答えになってないし!)
匠はリシアナのまったく予想外の行動に、表情には出さなかったが、内心ではひどく動揺をした。
「で、実際のところはどれくらいでできるの?」
匠の内心の動揺を見て取ったのか、呆れたような口調をしながら執政官のロザリエがフォローの質問をリシアナに投げかける。
「私の部下の鍛冶師達と工兵達、後、職人ギルドの職人達を集めて、彼らに私の霊術『鍛冶神の寵愛』で恩恵を最大で与え続ければ、1週間もあれば可能ですね」
リシアナがロザリエの方を向いて、冷静な表情で答えを返す。その顔からは、先ほどまでの頬の紅潮が一瞬でさっぱり消えていた。
(ゲームの時から思ってたけど、生産力を各段にかさ上げする『鍛冶神の寵愛』はほんと壊れスキルだな。まあ、ブラックスミスのダークエルフしか装備できないっていう縛りありまくりの霊器だから、壊れスキルなのも納得なんだけど)
霊器には、SSR、SR、R、HN、Nの五つのランクがあり、SSRは最高度のステータス恩恵があり、かつ霊術と呼ばれるスキルも非常に有用なものが実装されている。
もっとも、SR以上の霊器になると装備できる職業が限定されており、更にSSRの一部の霊器は、職業だけでなく種族まで限定してくる仕様のものも存在し、そのように限定が厳しい霊器は、その分だけSSRの中でも飛び抜けて優秀な霊術が与えられていることが多く、ネット上ではそのような霊術は「壊れスキル」と呼ばれていた。
そしてリシアナが持つ『鍛冶神の恩寵』は、壊れスキルと称される非常に優秀な霊術の一つであった。
(人口の数値が赤になったところは、とりあえずこれで一時的に凌げるとして、次は食料備蓄の部分か)
「じゃあ、全員分の天幕が確保できるまでは、毛布やマントとかを避難民に配って何とかしのいでもらって何とか凌ぐしかないですね。次の課題は食料ですけど、リーザさん、帝都で備蓄している食料を避難民へ支給するとしたら、どれくらい持ちそうですか?」
「えっと、戦闘に備えるということで、各都市から大量に食料を帝都に輸送したので、現状の備蓄量なら5か月ぐらいは持つと思います」
(イベントに備えて帝都に戦力と補給物資を集中させたんだけど、まさかこんな形で助かることになるとはね。しかし、逆を言えば、5か月以内には食料問題に目途をつけないといけないということか・・・)
「とりあえずは、備蓄している食料を避難民に支給して現状を維持しながら、早急に食料の自給を何とかしないといけないですね」
「あ、あの、そこは、補佐官のタチアナさんが何とかしてくれると思います」
(リーザの補佐官でタチアナっていうと、ファーマーのタチアナのことか。確か彼女の霊術『豊穣神の加護』も、壊れスキルといかないまでも、かなり有能なスキルだったよな。)
「タチアナさんの霊術を使えば、開墾した土地でかなり短いサイクルで作物を収穫できるはずですから、タチアナさんとタチアナさんの部下の人たちに頑張ってもらえれば、5か月以内には何とかしてくれると思います。それに、避難民の中には農業をやっていた人もいるはずですから、その人達にも協力してもらえれば、食料の自給体制も早めに回復できると思います」
リーザは、匠から話が回ってきたのをきっかけに、自分が考えていたことを話始めた。
「ただ、開墾するにしても、今私たちがいるこの場所が安全なのかとか、そのあたりの問題は残ってますが・・・」
(確か、ゲームでは、魔力を体内に蓄積して狂暴化した獣を『魔獣』と呼んでいたんだっけ。魔獣は領内に出没するから、討伐クエストで何度も狩ってアイテムを手に入れたり、経験値とかの足しにしたけど、意外と強いやつもいたりしたんだよな・・・)
匠は、リーザの言葉で、この世界にもしアストラル大陸と同じように魔獣が存在したら、開墾するという行為が、魔獣の襲撃に遭遇することと表意一体の行為であることに思い至った。
「その辺は俺に任せてくれよ、兄ちゃん」
「いえ、討伐ということであれば、私の真魔極光剣の出番です」
リーザの懸念に応えたのは、ガンナーのジータとソードマスターのフレウだった。