第5話:円卓の間で助言する
匠が円卓の間の扉を開けると、そこにはラウラをはじめ、高位役職の面々が既に座っていた。
「すみません。遅くなりました」
匠はそう言って頭を下げてから、空いた席についた。
(俺は、俺自身すら満足に守れるようなステータスじゃないからな。この世界で生きていくにはラウラ達みんなが頼りだ。俺にとっては、みんな一応初対面だし、とにかく、みんなとうまくやっていかないと)
匠は、この世界の『タクミ』がどのような性格で、どのような行動をとっていたかわからないが、こういった会議とかの公式の場では丁寧な方が良いだろうと、社会人として培ったTPOスキルを発動させた。
そして、初めて来たときには、円卓の間に座っている面々をしっかり見る余裕がなかったが、ラウラのおかげ落ち着きを取り戻した匠は、執政官であるエルフのロザリエ、内政官である獣人のリーザ以外の面々を順次見渡した。
(さっきの会議でこの異常事態が魔法じゃないって言ってたのが、北方将軍でソーサラーのミミで、銀髪のダークエルフの女性が、西方将軍でブラックスミスのリシアナ。小学生ぐらいの男の子が、南方将軍でガンナーのジータで、青い髪の女の子が、東方将軍でソードマスターのフレウかな。)
匠が、脳内でゲーム内のアスサガのキャラの面々と、円卓に座る者達を照合していると、ロザリエが立ち上がった。
「それでは、全員揃ったので会議を再開します。これからも色々な情報が入ってくるかもしれませんが、とりあえず現在ここに来ている情報で何らかの対策を打たねばならないのは明白です。何か提案はありますか。」
そういうと、ロザリエは一同の顔を見渡す。
「えっと、えっと、まずは、城外にいる人達を何とかしないといけないと思います」
「それはわかるけどよ、具体的にどうすんだよ。帝都以外の帝国の住民全員が城外にいるんだとすると、生半可な数じゃないぜ」
「えっと、それはその、えっと」
ジーダの反論を受けて言葉を詰まらせるリーザ。
リーザは休憩中に、頭の中で色々な対策を考えていたが、それを順序立てて言おうにも、緊張のためか思考が空転してしまい、ジーダからの問いかけにうまく言葉が繋げなかった。
匠は、そんな様子を見たライラが、自分の方に目線をやっているに気付いた。
(これは・・・助け舟を出してやってくれってことかな)
匠はリーザについて、内政能力は優秀だが突発的な事態には弱い性格をしているキャラであったのを思い出し、そして、霊祇官という役職が、霊器を授ける以外にもゲーム上ではある役割が与えられていることも同時に思い出した。
ゲーム内での帝国における霊祇官は独特の役職で、霊祇官は皇帝からも独立した役職であり、帝国内の誰であっても霊祇官に命令はできない、いわば独立的な地位なのだ。
その一方で、霊祇官には、軍事や行政に関する命令権はなく、できるのは、提案や要請というお願いベースのことのみとなっている。
だからこそというべきか、ゲーム内でこのような会議などがあると、霊祇官は、皇帝や将軍達がとるべき行動への助言という形で、様々なことを提案するような役割を担っていた。
いわば、命令権のない軍師のようなものとも言える。
(まあ、単なるサラリーマンだった俺には軍師といえるほどの洞察力とか戦略眼はないわけなんだけど。それはさておき、さっき内政画面で見た内容からすると・・・・)
匠は少し思案を巡らせた後に、右手を上げた。
「タクミさん、何か良い提案が?」
ロザリエはそう言って匠へ発言を促す。
「良い提案というか、解決すべき課題の整理です。まず第一に、帝都周辺に集まっている国民についてです。彼らは今回の異変で土地と家を亡くした、いわば避難民です。彼らの食事と住むところを確保する必要があります。リーザさん、帝都内の宿泊施設とか、教会とか、彼らを住まわせる場所は確保できますか?」
「えっと、ある程度は可能だと思いますけど、多分ほとんどの人達は帝都内に住むのは不可能だと思います」
(だろうな。人口の数値が赤色で表示されていたってことは、単純に帝都のキャパシティをオーバーしているということなんだろうけど・・・ゲーム内での幻獣イベントの時は速攻で幻獣を倒してクリアしたから、人口とか食料備蓄とかの赤色表示って、ほとんどフレーバー要素だったんだけど・・・)
だが、今この世界では、それらは単なる数値ではなく、その背後には、突然の異常事態に住む家も財産も失って途方にくれるこの帝国の国民達がいるのだ。
もちろん匠にとって、それら背後の国民達は、声を交わしたこともなければ、顔を見たこともない見知らぬ人々だ。それでも、この帝国は、匠が現実の時間を費やしてライラ達と築き上げた国なのだ。だからこそ、
(俺TUEEEはできなくても、自分にやれることはやってやるさ)
匠は、自分を守ると言ってくれたライラの顔を思い出し、例え最弱のステータスであっても、この世界で自分ができる限りのことをしようと思うのだった。
「でしたら、軍で使う野営のための道具を城外に設置して、最低限の寝床を早急に確保してはどうでしょう。えっと、リシアナさん、天幕とか野営の道具はどれぐらいありますか?」
匠は、ゲーム内においてブラックスミスであるリシアナは、軍の道具関係全般について詳しかったことを思い出し、リシアナに問いかけた。
「はい、不幸中の幸いというべきか、来るべき戦闘に備えて、帝国の全軍が帝都内に駐屯しておりましたので、約5万人は収容可能な天幕を設営できます」
リシアナは、流れるような長い銀髪と、服の上からでもわかる起伏のある褐色の肢体を持つ20代前半の美しいダークエルフなのであるが、彼女は、匠の方を見て顔を赤らめながら、満面の笑みを浮かべて答えた。
話の内容的に、顔を赤らめる要素は皆無であるに関わらずに顔を赤らめたリシアナの態度を、匠は訝しく思いながらも今はそれを深く考えるときではないと、話を続けることにした。