第1話:目が覚めたら異世界でした
匠の意識は、夢うつつの状態で、深い闇の底に揺蕩っていた。
何分、いや、何時間なのか。
時間の感覚さえ曖昧な中、匠は不意に、自分の意識が闇から光へと浮上していくような感覚がした。
深い闇の底にあった意識が表層に浮かび、ゆっくりと目を開けた匠の目の前には、自分を覗き込む女性の顔があった。
「は?」
匠が呆気に取られて変な声を出すと、真剣な顔で覗き込んでいたその女性は、途端に笑顔になる。
「良かった!目を覚ましたか。声をかけてもゆすっても、全く起きる気配がなかったから心配したぞ」
そういうと、女性は、のぞき込むために曲げていた腰を元に戻す。
女性の全身を見た匠は、あまりにも見覚えのあり過ぎるその姿に驚愕した。
女性は、匠が毎日プレイしていた「アストラル・サーガ」において、赤髪のハイランダーとして登場しているキャラクターの姿を連想させる特徴を随所に持っていたからだ。
「・・ラウラ?」
匠は、これは夢かと思いつつ、そのキャラの名を口にする。
女性は、少し心配気な視線で匠を見る。
「大丈夫か、タクミ?寝起きで頭が働いていないのか。顔色も少し悪いぞ」
女性は匠のつぶやきに直接は答えなかった。しかし、自分のことを違和感なく「タクミ」と呼ぶその声に、匠は脳内にある考えがよぎった。
(これって、もしかして、異世界転移とか異世界転生とか、そんな展開なのか?)
匠は、ネット小説を好んでよく読んでいたので、ネット上に溢れている異世界転移や異世界転生といった類の事柄は知識としてしっかり頭の中にあった。
しかし、それは知識として知っているだけに過ぎず、いざそれが自分の身に起こったとなると、匠は動揺して考えがまとまらなかった。
(ラウラがいるということは、ここはアスサガの世界なのか?じゃあ現実の俺は?いや、これが異世界転移とかなら、現実の俺は多分もう・・・それよりも、ここがアスサガの世界だとすると、割と洒落にならないんじゃないのか。アスサガの世界は争いが日常茶飯事なんだ。戦ったことなんかない平均的日本人の俺がどうこうできるわけない世界じゃないか・・・)
頭の中でいろんな考えが空回りする匠。
匠が寝ているのは、現実の日本にいた時よりもはるかに広い部屋の窓際にあるベット上であったのだが、混乱している匠に、周囲を見渡す余裕はなかった。
匠の「ラウラ」という呟きを、その行動で肯定した女性、ラウラは動揺する匠の肩に手を置く。
「起きぬけで頭が働いていないところ悪いが、緊急事態だ。すぐに円卓の間に行くぞ。もう執政官や将軍達も集まっている」
そう言うと、ラウラは、匠が寝ている布団をはいで匠をベットから起き上がらせる。
「え?え?」
「うん?服を着たまま寝ていたのか?まあ、今はその方が都合がいい。行くぞ」
そう言うと、ラウラは匠の手を引いたまま、足早に二人で部屋を出る。
いまだ混乱から立ち直っていない匠は、ラウラに手を引かれるまま廊下を歩き続けた。
時間がたつにつれ、少しずつであるが、精神が落ち着きつつある匠は、足を止めぬまま自分の手を引いているラウラを後ろから見る。
燃えるような赤い髪をポニーテールにしたラウラの髪が、匠の目の間で左右に揺れていた。
アスサガの世界における主要な登場キャラには、種族と職業があり、ラウラは種族がヒューマンで、職業はハイランダーであった。
ラウラは、アスサガの神霊石ガチャで、匠が初めて手に入れたSSRの霊器を装備させたキャラであった。
ラウラに装備させた霊器は大剣であり、大剣を装備したラウラは抜群の戦闘力を発揮した。
キャラクターに霊器を装備させると、各種ステータスが上昇するだけでなく「霊術」というスキルを使えるようになるのだが、SSRの霊器だとその霊術が3つもある。
ラウラの大剣についた霊術の一つである「狂戦士の膂力」は、戦闘時に常にその能力を発揮する、いわゆるパッシブスキルで、この霊術を使って大剣を操るラウラは、ほとんどの敵を一撃で葬り去った。
その大剣で、戦力が全く整っていない序盤戦に何度も助けられた匠は、ラウラを気に入り、以後、ラウラを優先的に育てた。
メインストーリが進み、アストラル大陸の辺境に帝国を建国するイベントが発生した際に、匠はノーシクエンスでラウラを初代皇帝に即位させた。
ラウラは、「帝国を建国したる者『建帝』」の称号を得て、ボーナスで各種ステータスが上昇したことにより、更に戦闘力が増したことから、皇帝になってからも、高難易度イベントがあれば、匠は必ずラウラを使った。
困った時の選択肢は「とりあえずラウラ」というぐらいに匠はラウラを頼りにしていた。
アスサガでのラウラに思いをはせていた匠の意識は、ラウラが発した言葉によって、現実に引き戻される。
「ついたぞ、タクミ」