第三章:エンディングフェイズ 誇りある蛇足を
■エンディングフェイズ
激しい戦いが嘘であったかのように、そこは静けさに満たされていた。
魔女の世界の底の底。虚無に抉られたその空間は、そこを満たしていたはずの邪悪を失い、ただぽっかりとした空隙を曝している。
そこにあった存在は、今、ゆっくりと降下している。
邪悪な存在を引き寄せる、この世の果ての果ての果て、タルタロスへの誘いを、退けることができないままに。
世界を冒していた脅威は、今、奈落の底に消滅しようとしていた。
日常の世界、魔法の世界、魔女の世界。三つの世界が手を取り合った若者たちと、そして多くの人々の願いによって。
そして、世界を救った彼等は願う。次なる願いを――。
GM :そのまま、落下していく青髯奈落球を見送るシーンとなる。
キミ達の目の前で、ゆっくりと、青髯奈落球は降下していく。
ユグドラシル宇宙の底、タルタロスに通じる混沌の海を、奈落球はゆっくりと墜ちていく。
洋一 :「これで、ようやく……終わり、か?」疲れ果てたように。
GM :「……聞こえますか? 覚醒さん、洋一くん、ほとりさん」通信機から、四谷の声が聞こえてくる。
覚醒 :「……はい、ちゃーんと聞こえておりますよー」
ほとり:「聞こえます。全員、無事です」
GM :四谷「”青髯”奈落球の、自由落下開始を確認しました。聖樹六本の健在を確認。”青髯”奈落球が帰還しない限り、当面の『ウィッチレルム』のマナ枯渇は発生しなくなりました。
『異端十字軍』の代表代理となったブラックロータス枢機卿と、『ヴァルプルギスの夜』の間で、間もなく停戦の交渉が開始されます。
――『魔女戦争」は、防がれました」
覚醒 :「……お仕事完了、ですねえ」
洋一 :「もう、これで人間同士で戦う必要も……」
GM :ジュライ・シオノ「うん……これで、世界は救われた、という奴だね」目を閉じて、二人の言葉に同意する。
ほとり:「……小さな。
ほんの小さな、島みたいな世界で。太陽も海もない、小さな世界ですけど。
私の故郷を、世界を守れたんですね」
GM :その通り。世界は、救われた。
もちろん、マナの減少は深刻だ。『侵蝕者』はいつか聖樹となって、この世界を支える礎とならなくてはならない。
だが、今すぐではない。生き残った聖樹達によって、当面の安定は保たれる。
――世界は、救われた。あとは、あの奈落球がタルタロスに沈むのを待つだけでいい。
――キミ達は、ここで物語を終えてもいい。誰も咎めることはない。既にキミ達は大役を果たした。
その上で、決めてほしい。君達自身の意思によって。
この後、どこに行って、何をするのかを。
ジュライ・シオノは目を閉じ、キミ達に全ての決断を委ねている。
洋一 :≪ガイア≫使って、ジュライ・シオノも返せますかね、無事に?
GM :不可能だ。聖樹になったものは、もう人に戻ることはできない。現在のジュライ・シオノは、≪アヴァターライゼーション≫という、全機能を複製したアヴァターを作り出して、そこに意識を重ねているだけにすぎない。この状態では、発生するマナの量は半減してしまうため、ウィッチレルムを支える礎となることができない。
ただし……。
”半減する、というだけだ”
聖樹は六本、それぞれがレベル10であるため、60のマナ供給量がある。さらに、魔女の樹による供給が10。『ウィッチレルム』の限界存続マナ量は30。安定存続マナ量は50。
洋一 :今のところ、一本が半減しても安定域?
GM :そう。現時点でそうなる。そして、シャードが残り一つだったとしても、レベル15のサクラダ・アウローラが、今”青髯”奈落球とともにタルタロスに沈もうとしている。
洋一 :……切り離して引っ張り戻しに行けば、か。
覚醒 :≪ガイア≫では助けられないのですよね? 多分。
GM :もちろん。≪ガイア≫の力すら及ばない状況にある。
だから、もしサクラダ・アウローラを救出するということであれば、もう一度、今度は奈落球の中枢へと飛び込み、ジュライ・シオノを助け出したように、サクラダ・アウローラを助け出す必要がある。
もちろん、リスクはこれまでの比ではない。中に犇めく奈落はこれまでのものとは訳が違う。脱出し損なって、キミ達全員がタルタロスに墜ちる可能性もある。
覚醒 :ふむ。
GM :繰り返す。世界は既に、救われている。
シャードは、自らクエストを提示することはない。
それでもなお挑む目標があるならば……
自ら、クエストを定めるしかない。
GMの提示に、三人は顔を突き合わせて相談する。
『アルシャード』の物語としては、過去において決定的な場面でしか行われてこなかった、”クエストを自ら設定する”という行いを、どのようにするのか。三人で一つのクエストを、どのようなものにするのか。
ほとり:……まだ、海に行ってません。
洋一 :ああ、連れて行きたいね。できれば真っ当な海に。
ほとり:だから、私は、あの青い星に、もう一度行かなくてはならないと思うんです。
覚醒 :どうせなら可能な限りみんなを助けたいのですよねー。アウローラも。
ほとり:うん。サクラダ・アウローラを放っておくことも、できません。
洋一 :なら、やるべきことは一つだよな。
GM :わかった。ではクエストの宣言は、洋一が行ってくれ。
「――あー、その、さ」
遠慮がちに、躊躇いつつ。洋一は視線で二人の様子を伺いながら、口を開いた。
「はい、何でしょう?」
覚醒は全てを承知しているかのように、穏やかに微笑みながら。
「…………はい」
ほとりはいつもの無表情のような、しかし確固たる意思を湛えた双眸で洋一を見返して、応える。
洋一はごくり、と喉を鳴らした。
わかっている。これは無謀な行いだ。
助けてくれと頼まれた訳じゃない。助け出せるものなのかもわからない。思いつき一つで行うには、あまりにも危険で、あまりにも意味が少ない。そのくせその危険度は、たった今の決戦の比ではないときている。
自分は、それをしたいと思っている。だが、それに彼女達を巻き込んでよいものなのだろうか?
「……凄い自己満足なのは解ってるけど、力貸してくれない、かなっと」
二人にではなく、自分の望みへの疑念に懊悩しながらも、洋一は問いかける。
しかして、あるいはところが、ほとりは微笑みを崩さなかった。全てわかっていると言わんばかりに。
あるいは、望みは同じである、と言わんばかりに。
「洋一さんと私のシャードは双子……サクラダ・アウローラから授かった奇跡なんですよ。ついてくるなと言われても、困ります」
「おやおや。こういうときに先陣を切るのは、サトリちゃんの役目だと思っていたのですけれど、先を越されちゃいましたね」
そしてほとりに続き、覚醒は困ったように笑う。
つまるところ、問うまでもなかったのだ。望む気持ちは、三人で一つ。立場も心も違っていたはずなのに、同じものを見て来て、同じ女性の手にずっと引かれてきた三人だからこそ。
「……うん。借りっぱなしは違う、っしょ。それに」
それがわかったから、洋一は髪をくしゃりと掻き回す。心地よさに浮かんだ笑みを誤魔化すように。
「あんな鎖切れて、あとは落ちてくだけ……で済ますのも違うっちゅーか? やっぱり思いっきり」
視線を、失墜していく”青髭”に向けて。精一杯の、少し様になってきた気がする不敵さを貼り付けて。
「――死ぬほど驚かせてやんねーと、な」
前髪を撫でつけて、笑って見せた。
「サトリちゃんは皆に希望を届ける『アイドル』ですからねー。みすみす見逃してしまっては、アイドルの名折れです」
戯けるように行って、覚醒は瞑目したままの、ずっと取り戻したかった親友……ジュライ・シオノに視線を向ける。
彼女を取り戻した段階で、無理をする理由はなくなった。だが、それでも。仲間がそこにいて、仲間がそれを望むのであれば。
「それに、皆の借りもしっかり返しておきたいですし」
仲間のために戦うのは、当然のこと。かつての仲間だった者達の残滓を宥める様に、あるいは慈しむかのように手の平で触れて、覚醒が頷く。
「私の家族達の、借りもですか……? あんまり、私らしい使命じゃないですけれども」
そして、そうクスリと、少し呆れたように微笑んで。
「それでも、いっしょにやりましょう。私たちで」
ほとりもまた、はっきりと頷いたのだ。
GM :――では、洋一がクエストを宣言してくれ。
洋一 :「じゃあ、行こうぜ――――【アイツを月までぶっ飛ばす!!】」
■次回予告
世界の危機は去った。
呪詛の塊は、奈落の底へと失墜していく。
もはや、戻る術はない。
世界は、救われた。
奈落の底へ、落ちてゆく。
聖魔女の棺が、落ちてゆく。
それを見守るだけでいい。もう世界を救う戦いは終わった。
だが。
それを良しとしない魂がある。
若者達の我が侭が、見捨てることを良しとしない侠気が、彼らを突き動かす。
だって、そこにいるのは、ずっと共に戦ってきた仲間なのだから。
だって、そこにいるのは、ずっと世界を支えてきた少女なのだから。
だから、彼らは……。
アルシャード・セイヴァー『ヴァルプルギスの侵略者たち 終章』
――『アイツを月までぶっ飛ばす!!』
――そして、青き星と魔女の世界に、また奇跡が生まれる。
GM :……ところで、強化加護使わなかったな。
三人 :あ。




