5
立ちはだかる魔物の頭へと、僕は剣を振りおろした。
この辛い作業も、もうすぐ終わる。
長い旅の末、僕は遂に魔法使いの居る塔へと辿り着いたのだ。
ここまで来れたのは僕一人。
僕と同じく不老不死になった仲間は、何度も味わう死の痛みと苦しみに、その精神が壊れてしまった。
「残念だけど、あの子の心はもう治らないわね」
それが、仲間の様子を見た魔女さんの言葉だった。
お気に入りの玩具が壊れてしまったかのように、つまらなさそうな顔をする魔女さん。
「坊やは、そう簡単に壊れないでよね?」
そう言い残して、魔女さんはまたもや消えてしまった。
仲間の事は気掛かりだったけど、僕は迷いを振り切り先へと進んだ。
それこそが、仲間達の願いだと信じて。
次々と現れる魔物を、苦戦しながらも倒していく。
たび重なる戦いで傷を負っても、僕の身体はすぐに治った。
だけど、心はそうはいかない。
自分の身体に走る痛みと、殺生をする苦しさに、僕の心はボロボロになっていた。
それでも今、止まる事は出来ない。
あと少しだと、自分の心を叱咤しつつ、僕は階段を駆け上がる。
階段を上った先、一際大きな部屋へと、僕は辿り着いた。
そこで僕を待ち受けていたのは大きな竜。
竜は僕の事を見つけると、その大きな口から炎を吐き出した。
僕の全身を、炎が包む。
炎は僕の皮膚だけでなく、身体の内側をも燃やし尽くす。
激しい熱さと痛みに、思わず悲鳴を上げるけど、喉も焼かれてしまっている僕の身体からは、声は出なかった。
普通であれば、すでに絶命し、楽になっている事だろう。
だけど僕の身体は焼かれてもすぐに再生し、また焼かれる事を繰り返す。
永遠に続く、灼熱の地獄。
心が壊れてしまえば、楽になれるとも思った。
けれど、ここまでの道のりが、倒れていった仲間達の無念が、僕の身体を突き動かす。
炎に全身を焼かれながらも、僕は少しずつ前へと進む。
燃え尽きずに進む僕の姿に、竜が怯んだようだ。
炎の勢いが、一瞬弱まる。
その瞬間、僕は竜の懐へと飛び込み、竜の口へと剣を突き出す。
剣は竜の口内を突き破り、そのまま頭を貫いていった。
大きな地響きと共に、竜の巨体が沈む。
竜の死を確認した僕は、大きな息を吐くと共に、その場へとへたり込んでしまう。
何度も死ぬような目に遭っているとはいえ、さすがに焼かれるのは初めてだった。
出来ればもう二度と味わいたくはないものだ。
少し休んでから先へと進もうとした、その時、
「見事なものだな」
僕の耳へと、陰鬱な声が響く。
慌てて声のする方を見ると、そこには紫のローブに身を包んだ男の姿が。
「……貴方が、王女様に呪いを掛けた魔法使いですか?」
「如何にも」
僕の質問を、男が肯定する。
急いで立ち上がり、僕は剣を構える。
だけど、男は戦う意志を見せなかった。
「私は戦闘向きの魔法使いではないのでね。それに、不老不死の相手を倒す術を、私は知らない」
そう言って男は肩を竦めた。
男に戦う意志がないと知った僕は、聞きたかった事を男へと問いかける。
「どうして王女様に呪いを?」
全ての元凶である、その行為。
それさえなければ、皆が死ぬ事も、悲しむ事も無かっただろう。
だから僕は、その理由が知りたかった。
だけど男は、首を横へと振るだけだった。
「それを知ってどうするのだ? 私に正当な理由があれば、キミは私を許せるのか?」
「それは……」
男を許す事は出来ないだろう。
この男のせいで、皆が死んだのだから。
「それでいい。私はキミにとって、ただの悪い魔法使いだ。それ以上の理由はいらないだろう?」
男は、どうあっても理由を話す気は無いようだった。
「呪いを解いては貰えませんか?」
「私が死ねば、解けるだろうさ」
僕の言葉を、男はせせら笑った。
僕は唇を噛み締め、男へと近付く。
「最後に、キミに良い事を教えよう」
死を目の前にしているというのに、魔法使いの男は悠然としていた。
「私は、私を殺した相手に復習する為に、ある呪いを自分の身体に掛けている」
剣を手に、僕はゆっくりと、男へと向かい歩いていく。
「私を殺した者の血肉を、死ぬまで腐らせる呪いだ」
歩いていた足が止まる。
「不老不死のキミがこの呪いを受けたら、どうなるかね?」
ニヤリと、愉快そうに笑う魔術師の男。
僕は剣を横へと振るい、その首を刎ねた。
「そんなものは、この身体になった時から覚悟してますよ」
そして僕の身体は腐り始めた。
あまりの激痛と、肉の溶ける不快さに、僕は意識を失うのだった。