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僕の胸に、焼けつくような痛みが走る。
狼の頭を持った魔物の剣が、僕の胸を貫いたのだ。
肉を裂かれる激しい痛み、身体から抜け落ちていく熱、そして、身体の中に残る異物に対する気持ち悪さが、僕の身体を襲った。
僕に致命傷を与えた魔物が、ニヤリと笑う。
そんな魔物に対して、僕は身体に残る力を振り絞り、右手の剣を思いっきり振るった。
「馬鹿な……!?」
もう僕が動けないと思っていたのであろう。
油断していた魔物は、僕の剣を避けられなかった。
剣が、魔物の首筋へと当たる。
だけど、不安定な体勢から斬りつけた剣では、魔物の首を断つ事は出来なかった。
途中で止まってしまった剣を、僕は必死に押し込んでいく。
「ぬううぅぅぅっ!!」
魔物も僕にトドメを刺そうと、僕に突き刺している剣を、さらに押し込んでくる。
激しい痛みに、僕の喉から絶叫が響く。
それでも、僕は剣を持つ手に力を込めた。
肉を斬る、不快な感触が僕の手へと伝わる。
魔物の瞳の中に、必死さと、死への恐怖を感じた。
魔物とて、死にたくはないのだ。
それでも僕は力を緩めない。
僕にはやるべき事があるからだ。
心の中で謝りつつも、僕は魔物へトドメを刺した。
「ハァ……ハァ……」
荒い息が、僕の口から洩れる。
大地の上には、今まで戦っていた魔物の亡骸が転がっていた。
もう彼が動くことはないだろう。
何度やっても慣れない、殺生という行為。
生き物を殺すことへの虚しさと哀しみを感じながらも、僕はこの行為を続けている。
僕がやらなければ、ならないからだ。
魔物の死を悼んだ後、僕は自分の身体に刺さったままの、剣の事を思い出した。
これを抜かなければならない。
だけど剣は、僕の身体にしっかりと食い込んでおり、手で抜くのは難しかった。
どうしようかと思ったその時、近くに、人の背丈ほどもある大きな岩があるのを、僕は見つけた。
その岩へと僕は背を向け、剣の先端を当てる。
そして、岩へと寄りかかるように、身体を近付けていく。
「……っ!」
岩に押し出されるように、僕の身体から剣が抜けていく。
だけど、まっすぐに、綺麗に抜けていく訳ではない。
身体のあちこちを傷つけながら抜けていく剣。
その激しい痛みに、僕の口から、声にならない叫びが漏れる。
それでも止める訳にはいかない。
僕は激痛に耐えつつも、自分の身体から剣を抜き続けた。
剣を抜き終えた僕は、痛みと疲労から、地面へと横になった。
あと何回、こんな事を繰り返せばいいのだろう?
辛く、苦しい未来の事に、僕の心は押し潰されそうになる。
そんな時、
「はぁい、坊や」
どこからともなく、声が掛かる。
身体を起こし、周りを見回してみると、すぐ近くに黒ずくめの女の人が立っていた。
そこには誰もいなかったはずだし、ここは見晴らしの良い街道だ。
誰かが近付いてくるなら、分かるはずだった。
けれど、この人にそんな常識が通用しない事を、僕は思い出した。
「何か用ですか、魔女さん?」
僕の問い掛けに、女の人は妖艶に笑う。
「さっきの戦い、とっても良かったわよ坊や。坊やの苦痛な表情や叫び声が、たっぷりと味わえたわぁ」
先程の僕の戦いを思い出したのか、魔女さんはウットリとした顔をする。
「……魔女さんに喜んで貰えたなら、何よりですよ……」
ウットリとしている魔女さんにちょっと引きつつ、僕は乾いた笑いを浮かべた。
そんな僕の態度が不満だったのだろうか、魔女さんが頬を膨らませる。
「相変わらず、つまらないわねぇ坊や。もっと私の事を恨んでくれてもいいのよぉ?」
「魔女さんを恨むことなんて出来ませんよ。魔女さんがこの身体にしてくれたおかげで、僕は戦えるんですから」
そう言って、僕は自分の身体を見る。
先程まで剣が刺さっていた身体の傷は、すでに跡形もなく消えていた。
これは、魔女さんが僕に掛けてくれた呪いのおかげだ。
不老不死の呪い。
この呪いのおかで僕は、魔物と何とか戦えているのだ。
だけど、痛みや感覚がなくなる訳ではない。
僕はすでに、何十回もの死ぬような苦しみを味わっていた。
「それにしても坊やは凄いわねぇ、普通の人間なら、すでに発狂しているところよ?」
魔女さんが、呆れと関心の混じった様な目で僕を見てくる。
「……やらなきゃいけない事が、ありますから」
そう、僕にはやらなきゃいけない事がある。
悪い魔法使いを倒して、王女様を目覚めさせるという大切な事が。
だからこそ、僕はこの呪いを掛けて貰ったのだから。
「まぁ、せいぜい頑張ってね坊や。もっともっと戦って、私を楽しませてね」
そう言って魔女さんは、妖しく笑う。
「坊やの苦しむ姿を見るのが、私の楽しみなのだから」
それだけ言い残して、魔女さんは消えてしまうのだった。