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666´s Dead .(サタン イズ デッド)

作者: nakayoshi




早く死ななければ、そう思った。



     ***


 1992年10月29日。

 私は切り開かれて赤く染まる後悔の扉から、騒がしさと恐ろしさの密集する『地獄』へやって来た。初めて目にする地獄は、ただただ眩しい世界だった。なぜか、私を取り囲む人間たちは嬉しさで満ち溢れていて、中には涙を流す者がいたほどである。抱きかかえられた第一声に、「なぜ泣くのか。」と問うたつもりでいたのだが、その言葉は鳴き声となり、誰にも伝わらずに終わった。私にとってあの光景は、地獄の世界で唯一の天国であったのかもしれない。今でも、鮮明に覚えている。

 この世界の月日は、残酷なほど早く流れる。現在25歳となった私は、一つのターニングポイントへ立たされていた。俗に言う、『結婚』である。

 私自身、あの日から周囲に溶け込むよう「人間」として生活を送ってきた。馴れというのは恐ろしいもので、初めこそ疑問だらけであった人間生活も、三か月ほど経った頃からは、その生活こそが居心地の良いものとなっていた次第である。

 言わずもがな人間として生活している以上、『感情』も自然と身についた。「喜怒哀楽」はもちろんのこと、「愛情」がどういうものなのか「家族」という集団と共にすることで知ることになったし、理解のできなかった「泣く」という行為も、この25年の中でどれだけ行ってきたかわからないほどである。だからだろう、私が人間という生物を「好き」になるのもそう時間のかかることではなかった。

     

     ***


 私が彼と出会ったのは、とあるブログサイトである。これを話すと大抵の人間からは、「現代っ子」という言葉が飛び出す。条件反射で私は、

 「今どき、SNSでも出会いが無いなんて大変ね。」

などと悪態をついてしまう。(言っておくが、この発言で何人か友人を失ったことは確かなので、全くお勧めはしない。恋愛は、どうか自由に行って欲しい。)

 現在、以前の私がそうであったように、恋人である彼も、どうやら同じような境遇にいるのだろう。最近では友人たちから、やたらと馴れ初め話を強いられているようだ。頻繁に、

 「自分たちの恋もうまくいかない奴らなのに、他人の恋愛話を聞いてどうするつもりなのだろう。」

と、愚痴をこぼしている。現在も、まさにその状態だ。それに対して、

 「そりゃ、人間誰だって、愛する人と長く続く秘訣の一つや二つ手に入れておきたいんじゃない?」

などと返してみる。が、それなりの生活をしてきたとは言え、人間でない存在わたしに真実がわかるはずもない。

テキトーにも聞こえるような私の言葉へも、彼は、「ああ、そうかもなぁ。」などと答える。そしてパソコンに向き直り、職場で行う会議のパワーポイント作りに集中し始めた。どうやら質問自体、そこまで深く考えていたものではないのだろう。まったく、彼のこの部分は、付き合って長く経った今でも〝本心〟を見た覚えがない。

 かれこれ、もう7年来の関係だ。ある程度は理解し合えていると思っているけれど、ふとした瞬間にそうでない部分が顔を出してくる。付き合い当初の初初しい態度こそなくなったが、共にする時間が長くても全てを知ることはできないのかと、少し寂しい気持ちがした。

 そのようにぼんやりと過去を回想していると、気づけば時刻は2時を過ぎており、知らない間に日付は変わっていた。散々思い出話に花を咲かせていた脳内はとうに限界で、懐かしさの中に頭痛を生み出している。こんな時、つくづく人間の身体は不便だと思う。

    

     ***

    

 「そろそろ寝なきゃ、だね。」

 突如、頭上からホットミルクのようにやわらかな声が降ってきて、我に返る。あくびばかりしている彼の目には涙が溜まっていて、潤んだ瞳がなんだか小動物みたいだ。連日徹夜しているためか、充血している眼は兎のようである。

 「眠る前に、ココア飲みたいな」

 私がそう呟けば、軽く笑いながら返事をして彼はキッチンへと向かう。ここから見える後ろ姿が、7年前から何も変わらず男らしいもので、なんだか胸がギュッとした。いつだって優しく、そして頼りになる。彼は、私が唯一信頼することのできる存在なのだ。


 「険しい顔して、どうしたの?」

 両手にマグカップを持って戻ってきた彼が、私の隣へ腰を下ろす。

 「ただの考え事だよ。」 

 うまく笑えなかったが、そう答えた。そう答えるしかなかった。いくら彼を信用しているとは言っても、私が「人間でない」と告げることは難しい。伝えたとしてもそれを聞いて、どのような反応をみせるのだろう。ひどい冗談だと笑うのだろうか。周りから散々「変だ」と言われてきた存在わたしの告白を受け入れてくれる人間なんて、地獄ここにはいないのかもしれない。そう思うと余計に、こんなに素敵な人を失うのが恐ろしくて仕方なかった。

 悶々とした頭の中、彼に後ろから抱きしめられながらゆっくりとココアを飲みほした。やさしく頭を撫でる手が温かくて、自然と涙が出る。四角く固まった心が、丸く溶かされていくように感じた。


     ***


「そろそろ、結婚しようか」

 日々の出来事とは、驚くほどに唐突なものである。マグカップを片付けた足で、そのまま寝室に向かった私に待っていたのが、この言葉だった。即座に、「本当に私で良いのか」と問い質したい気持ちもあったが、この際聞くのはあまりにも野暮だ。無論、私に断る気持ちがなかったことは言うまでもない。

 プロポーズに応えた後は、「いつか子供が欲しい」という会話をした。私と彼との子供という点で、あまり現実的に感じられなかったが、あの日のことを考えると、悪くないんじゃないかと思う。今ならば、家族の流した涙の理由がわかるかもしれない。なぜなら、次にその日を迎える場面で、私は一人ではないのだから。


     ***


 ここまでが、つい2日ほど前までの出来事である。あれから幾度となく考えたが、彼にだけはやはり自分自身について正直に話してみたい。彼ならばきっと、こんな私も笑顔で受け入れてくれる…あのとき、そんな風に思った。彼との未来のために、私は人間となる決心をしたのだ。

 目をつむれば、まぶたの裏に笑顔が映る。

 私が悪魔ならば、彼はきっと天使なのだろう。

 優しく抱きしめられる腕の中は、やっぱり温かくて、触れた指先から幸せを感じた。


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