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あらすじ必読な突発短編

王妃(後妻)の復讐

作者:

数時間の低クォリティ。

「よし、ちょっと締めよう、あのバカ」


「お供致します」


 今年23歳になったばかりの王妃ラァマは、散歩に行こうというかのような気軽さで呟き、控えていた乳姉妹でもある女官が恭しく首を垂れて追従した。

 これらを見聞きしていた宰相と官吏達は冷や汗を流しながら、青ざめる。だが、何も言わない。いや、言えなかった。


「あぁ、安心しろ。締めるのはバカだけだから。お前達がちゃんと仕事してるのは知ってるから」


 ほっと胸をなでおろす宰相達。


「ただ、善意好意と言えども私の事情諸々を踏みにじって叩き潰して王妃に据えたことは忘れてないから」


 硬直した宰相達を捨て置いて、ラァマは女官を連れて出ていく。


 何年も前から本来の主が訪れることがなくなった、国王執務室には無様なほどに青ざめ固まった宰相達だけが残された。



※※※



 国王は現在31歳。亡くなった前王妃は子爵令嬢で、本来なら王妃になれる立場ではない上、サヴァラン公爵家長女ミリーが王妃となることがほぼ決まっていたにもかかわらず、12年前、即位したばかりの国王は王命の元無理矢理にミリーを排除した。国王が何を言ったわけでもないが、確定されていた立場を理不尽に追われたミリーには、醜聞が付きまとう。

 結果ミリーは絶望して修道院にはいってしまった。貰い手が見つからないという現実があったためでもある。


「宰相も大臣もふざけてるな」


 声を潜めることもなく、正しい姿勢で廊下を歩くラァマの言葉に、女官や官吏達が体を震わせる。

 誰が聞いてもわかるほどに怒りを滲ませているから。そして、ふざけている、と罵るその理由を知っているから。


 ラァマにとって、ミリーは自慢であり尊敬する姉だった。

 誰よりも美しく、優しく、聡明で一途、けれど弱くない。そんな女性で、王妃となることに過不足はないと宰相達も認めていた。

 前王妃が登場するまでは。

 学園で知り合った前王妃に、家柄と血筋で定められたミリーを疎んじていた国王はあっさりと落ちた。

 健気で頑張り屋、と見せながらその実はこびへつらう悪女だと見抜いたラァマは、国王がミリーを王妃候補から追い払った現場を見ていた。扉の隙間からこっそりと。

 王妃の地位しか目に入っていない強欲な女、家柄と権力をかさに着て民を虐げる外道、とミリーを罵り前王妃を褒め称える国王に公爵夫妻もラァマも憎悪に近い嫌悪を覚えた。

 その感情が、憎悪になったのはミリーが王妃となることを熱心に押していた宰相達が、前王妃をたたえてミリーを排除した時だ。

 以降、サヴァラン公爵家は王家から距離を置いた。

 忠誠心など欠片もない。当時、11歳だったラァマと9歳だった跡取り息子は初等学校を辞めてまで領地に引っ込んだ。

 王家から乞われてミリーは王妃となる為に勉学に励んでいたというのにこの仕打ちだ。怒り狂わない家族などいない。


「そのくせ、前王妃のあまりのバカさに愕然として何度も姉様に後宮入りを打診するとかバカにしてるとしか思えない」


 平等で公平、と言えば聞こえはいいが、前王妃は身分社会の秩序という物を理解していなかったのだ。

 身分というのは、必要だから存在する。秩序を保つために、身分ある貴族はその両肩に重い責任を負う。確かに、特権階級であることを笠に着て傍若無人に振る舞うバカもいるが、そうでは無い者も多いのだ。

 その区別すらできず、王宮内で公然と批判したり庇ったりして、結局表面上の姿と上滑りする言葉しか見聞きしていないことが分かったのだ。その頃、懐妊していたこともあって離縁させようにもできなかった。

 王妃の座が埋まっている為、側室にするしかないのにしても、身分社会のほぼ頂点にいると言ってもいい宰相でありながら、子爵令嬢の下に公爵令嬢を持って来ようとするふざけた言動に、サヴァラン公爵家一同が怒り狂って叩き出したのは当然の行動だった。


 その後、前王妃が病死したことに宰相達は胸をなでおろした。

 国王の言動が前王妃に感化されるようになり、仕事もさぼりがちになっていたからだ。だが、最愛の妻の死に国王は閉じこもるようになった。

 後宮に女を集めたりしたわけではなく、一人息子にべったりとなったのだ。

 宰相達は慌てた。国王の仕事を代行できるのは王妃しかいない。その王妃は亡くなり、居ても役には立たなかっただろう。

 幾度諫言しても、国王は仕事をしようとせず、さらには前王妃を邪険にして毒殺したのではないかと猜疑を抱く始末。

 このままでは、諸外国に対する体面も悪すぎる。

 悩みに悩んだ宰相達は、サヴァラン公爵家に二度目の特攻をかけた。

 すでに修道院にはいっているミリーは無理でも、ラァマがいた。

 公爵家の娘であり、才媛として名高いラァマならば、と思ったがやはりサヴァラン公爵夫妻は宰相達に憤激した。ラァマには、婚約目前にした恋人がいたからだ。


「あの時の宰相達は無様極まりなかったな」


 土下座して懇願してきた姿に、サヴァラン公爵家一同があきれ果てたのは必然だった。

 だが、それでラァマが頷くはずもない。

 宰相達にとって、後がなかったのを知りながら徹頭徹尾拒絶し続けた。他の公爵家には娘がいない上、侯爵家からはやんわりと断られた。サヴァラン公爵家を敵に回すかもと思えば、誰もが頷き辛いだろう。


 そんな事情の中で、宰相達は強硬手段に踏み切った。

 ラァマの恋人は男爵家の嫡男。サヴァラン公爵が思い合う相手と一緒になればいい、とミリーの事を教訓にして交際を許していた。

 嫁ぐ準備もほとんどできていた。

 だが、宰相は嫡男に圧力をかけた。

 身分、地位、権力の全てで抗える相手ではない。

 なりふり構わない所業に怒りを通り越してあきれる事も忘れて冷静になったラァマは、条件を突きつけた。


「5年、一度としてあのバカは執務室に来なかったんだから、覚悟できたものととって良いんだよな」


 猶予は5年、その間に改善がみられなければ叩き潰す。

 それに頷いたのは宰相達だ。

 宰相達は、説得や教育にラァマが関わってくれると思っていたようだが、ラァマは一言もそんなことは言っていない。

 教育するのは、両親と乳母と教育係の仕事であり責任だ。父親は早逝してしまったが、母親は王太后として生存し、かつてミリーを排除するのに力を貸して前王妃側に回っていたのだから、ラァマが良い感情を持っているわけがない。乳母は王子の養育係となっており、前々から前王妃寄りでミリーを貶める発言を繰り返していた。教育係は宰相で、しかも王太后の従弟である。

 姉を侮辱したバカ共の為に、ラァマが尽力するわけがない。

 王妃となり、国王の執務を肩代わりし国政を滞らせないようにすることだけを、ラァマは了承したのだ。


 すでに、現在、国王が後宮から出てこず後妻となったラァマを理不尽に罵っている事は国中が知るところとなっている。

 3年目あたりからラァマが故意に流した話だが、外に広がらないように3年間王宮内でとどめていたのもラァマだ。つまり、3年目からキレかかっていたし我慢も限界に近かったということだ。

 話は全くの事実だから、宰相達も止めようがない。最初は止めようとしたが、その行動は煽りとなってさらに尾ひれ背びれを付けた話に発展した。発展させた黒幕はラァマだと後に知って、宰相達の気力も尽きた。

 この頃には、王太后もこのままではダメだと国王を叱咤していたのだが、結果としては親子げんかが頻発するようになっただけだった。


 宰相達が沈黙するようになったのは、ラァマがあまりにも優秀だったからだ。

 国王よりもよっぽど見識広く、しっかりとした意志をもって政務を取り仕切る姿に、官吏や女官の信頼と支持が集まるのは必然だった。国王に対する忠義も信頼ももはや見る影もない。

 だが、またしても宰相達は勘違いしていた。

 猶予は5年しかない、と。

 数日前にラァマは離縁状をしたため、王太后と宰相の承認を求めた。

 寝耳に水と驚愕した両者に、ラァマは恋人に圧力をかけてまで自分を王妃にしたことと最初の条件を繰り返すことで黙らせた。


「…今日も元気に親子喧嘩、か。諦め悪いな、王太后」


「だからこそ、ミリー様にあのようなことが出来たのでしょう」


「全くだ。性悪は、れっきとした遺伝らしいな」


 後宮の一室の扉を開ければ、怒鳴り合っていた王太后と国王がラァマを認めてそれぞれの反応をする。

 王太后は絶望と罪悪感を浮かべ、国王は忌々しげに睨む。


「さて、国王陛下。最早、我慢の限界だ。離縁していただこう」


「お、王妃。もう少し、もう少し待っておくれ」


「無理ですね、王太后陛下。私は最初に言ったはずです。5年、と」


「…なんの話だ」


「最初に言っただろう。離縁していただきたい、と。元々、5年という期限付きだったんだ。陛下も嫌なんだから、異存はないだろう」


 期限付き、ということに眉を顰めたが、国王はすぐに嘲笑を浮かべた。


「余が靡かないから逃げるわけか。貴様らの魂胆など見え透いているのだ。籠絡できると思う方が愚かしい」


「バカのバカ発言は耳が腐る。お前はとっとと離縁状に署名すればいいんだ」


 あんまりな発言に、さすがに王太后も眉をつり上げるがラァマは鼻で笑う。


「王太后、この5年、私がどこで寝泊まりし、どこで何をしていたのか知らないわけではないでしょう。それを知りもせず、亡き妻の面影にすがってヘタレにヘタレて引きこもる愚か者を、私は仰ぐべき主だなどとは思えない。国王、一人息子を可愛がるのは結構だが、お前は王宮内がどのような状態にあるのか分かっているのか。昨年、新たに決められた法律がなんであるか知っているのか。それらを決め、国政のかじ取りを一人で担って来たのが私であると理解しているのか」


 問う形でありながら叩きつけるかのような言葉の羅列に目を白黒させていた国王は、最後の言葉に的外れな反応をした。


「国王である余を差し置いて勝手に法を制定し、政治を動かしていたのか!? どこまで強欲で傲慢なのだ! 騎士達よ、反逆者だ! 即刻斬れ!!」


 耳障りな怒声に、動く者はいなかった。

 ラァマと女官がここに来るまで、国王の所在を警護する騎士達は幾人もいたが、誰もが最敬礼でもって通している。彼らは、忠義を尽くすべき主を間違えなかった。


「何をしている! 王命に逆らう気か!」


「…我々は、正しき王に剣を捧げたのです」


 隊長格の騎士がそれだけを呟いて沈黙する。

 王太后は本格的に絶望してへたり込んだ。

 王家に絶対の忠誠を誓ったはずの近衛騎士に、正しくない、と断じられてしまったのだ。

 騎士としてはあるまじき姿かもしれないが、現状において隊長の発言も騎士達の無反応は残酷なまでに正しかった。


「意味の分からぬことを…っ!」


 分かっていないのは国王だけ。

 糾弾しようとするものの、誰もが冷めた眼差しを向けるだけ。


「…いい加減黙れ、うるさい」


 地を這う怒りの声が、空気を凍らせた。

 視線で射殺せるのではないかと思うほどに鋭い眼光を宿すラァマに、誰もが気圧される。


「私の要求はただ一つ、離縁状に署名せよ。それだけだ」


 眼前に突き付けられたそれに、国王は願ったり叶ったりだとあっさりと署名する。

 それに満足そうにうなずき、わずかばかり怒りを和らげて国王を見据える。


「それでは、ごきげんよう、国王陛下。これより先の未来に、幸多からんことを」


 この上ない皮肉を吐き捨てて、優雅に一礼するラァマ。

 そして、すぐさま踵を返して女官を連れて颯爽と去っていく。


 その日のうちに王都の実家へと帰ったラァマは、翌日には故郷へと旅立っていた。


 国王夫妻の離縁が国中に知れ渡ったのは、ラァマが故郷に到着した頃だった。



※※※



「そういえば、王弟が国王と王太后を廃して即位することになったそうだ」


「…王弟なんていましたか?」


「白々しいな、お前。まぁ、良い。いたぞ。妾腹で、嫉妬深い王太后によって地方の離宮で雑用をさせられていたらしい。だが、そのおかげで市井に親しみ、剣に優れ、身分ゆえのひずみと必要性を理解している」


「…バカだと思ってましたが、意外といい結果を生みましたね」


「偶然、と言いたいが、お前の夫曰く、世の中は必然で出来ている、ということだからな」


「当たり前です。私と夫の出会い、そして、現在を偶然なんて不確かなもので表してほしくありませんからね」


「…惚気はよそでやれ。しかし、宰相達の言い分はよくわからんな」


「何がですか?」


「最初は誰もが前王妃を不適格と思っていたのだろう? だというのに、1ヶ月ほどで完璧なる淑女であるミリー姫を廃して、この方以外に王妃に相応しい方はいない、と強引に立后させるまでになるとは明らかにおかしいだろう。しかも、死後、どうしてあそこまで熱狂的に後押しできたのかわからなくなって、正気に戻った、という状況になったとは…」


「単純です」


「ん?」


「魅了されていたからですよ」


「…それほど魅力的、という事か?」


「確かに整った顔立ちはしていましたが、そういう意味ではありません。強大な魔力を持ち、制御しきれず溢れたそれはフェロモンの様になって周囲の人を自分の味方にしてしまうんですよ。百年に一人の確率ですが、あそこまで制御が下手なのは非常に稀だと思います」


「…小娘の制御下手で、国が傾きかけた、と?」


「そうです。制御下手、というかあの女、自分はこれでいい、これで正しい、何も間違ってない、と思っていた節があるそうです。姉は、まるで物語の主人公で自分が思うとおりに進むものだと思っているようだ、と言っていましたね」


「……キチガイか」


「紛う事なきキチガイです。まぁ、もうおりませんけどね」


「…お前の計画通りに、か?」


「まさか。私は何もしておりません。ただ、あの女が無自覚に貶めた同級生の方の愚痴を聞いて差し上げただけです」


「結果、自発的に毒を盛らせるようにした、か」


「あの方がご自分で考えられたのですよ」


「証拠隠滅、アリバイ工作、その他諸々を手伝っておいて?」


「最初のは夫です」


「…恐ろしい夫婦だな」


「似たもの夫婦を自負しております」


「…全くだ」


「ご安心ください」


「?」


「私どもは、一度決めたことは覆しません。生涯を通して、唯一の主は、こんな身の上の私どもを受け入れてお傍近くに仕えさせてくださる陛下だけですから」


「……そうか。ならば、安心だ」















「叔母上の息子と先々王の孫娘、二人そろって化け物級の策略家だからな」








 国を支えた賢王妃ラァマは、離縁後、恋人とよりを戻して恋人の母の母国へと家族全員で移り住む。

 恋人の母は隣国の国王の異母妹であり、身分も何もかも捨てて恋を取った情熱家である為、ラァマと息子の一途な想いを支持し、兄王に掛け合って安全を保障させた。


 出国した後、引きずり出された国王は、あまりの激務に嫌気がさしながら、しばらくして気付く。

 ラァマがいかに優秀であったか、理想的な為政者であったか、いかに素晴らしい人徳を備えていたか、を。

 だが、気付いた時には遅かった。

 騎士や女官は王宮を次々に去り、ぎくしゃくとぎこちなく手際の悪い国王にあきれ果てた官吏が一人、また一人と離れていき、話を聞き及んだ存在をほとんど知られていなかった王弟が反旗を翻す。

 国内では、国王がラァマを追い出したと認識されている為、王弟の支持層は国民の8割に及び、反乱は瞬く間に成功し、混乱はすぐさま収束した。


 新王は賢王妃ラァマを尊敬し、亡くなったわけではないがその功績をたたえる意味で神殿を建立してラァマの政治手腕を参考に国をよく治めた。



 国を傾きから救い、最終的に国を亡ぼす一手となった賢王妃ラァマへの評価は、数百年の後において真っ二つに割れる。

 国を傾きから救った賢王妃。

 最終的に国を滅ぼした災厄の王妃。


 その真実を知る者は数少なく、全ての者が黙して語らず、を選んだ。









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