せめて封印される前に思い出したかった……っ!
なろうの乙女ゲー転生には何かが足りない!
そう、西遊記だ!!
……実際に、乙女ゲーにあるんですよ、西遊記モノとか封神演義モノとか三国志モノとか。
学園と異世界ファンタジーだけが乙女ゲーじゃない、と思います。
だから、誰か三国志モノ乙女ゲー転生書いてください。←切実
いや、せめて、戦国か幕末でも。
はっ、もしかして需要ないとか……。
「天帝が甚くお怒りだよ」
ふんっ、心の狭いヤツ!
「全く反省していないな……。はぁ、仕方ない。五行山に封印しようか」
ちょ、ちょっと!
フツー、か弱い乙女にそこまでする!?
「“か弱い乙女”ねぇ、……どこにいるのかな?」
ここにいるでしょ!
「天界で暴れ回った君が言う台詞ではないね」
………………。
「五行山で反省していなさい。……五百年程経てば、封印を解いてあげよう」
はあ!?五百年!?
「ああ、大丈夫。一人は寂しいだろうから、たまに私が会いに来てあげるよ」
い ら ん っ!!
「遠慮しなくても良い。……では、私はもう行こう」
あ、ちょ、……封印解いてけ、ジローっ!!!
天界で暴れ回った――本人曰く悪戯――仙人・悟空は捕まり、五百年の間封印されることになった。
―――そうして、彼女は自らの前世を思い出す。
「ここ、乙女ゲーの世界!?」
◇◇◇
西遊記をモチーフにした乙女ゲームというものがある。モチーフにしていると言っても、原作に忠実どころか似た場所を探す方が難しいくらい異なった話になっている。
主人公は孫悟空。もちろん、ヒロインなので女だ。…悟空が女という時点で、コレは西遊記と名乗るべきではない。
このゲームは悟空が封印されている五行山に三蔵法師――ゲームで言うと玄奘――が訪ねて来るところから始まる。
封印を解いて貰う代わりに彼の旅に付いて行くことになった悟空は様々な人に出会い、精神的に成長していくのだが……ぶっちゃけ、旅そっちのけで恋愛をすることになる。いや、旅はしろよ。
攻略対象は旅の仲間である玄奘、沙悟浄、猪八戒と敵対する相手である牛魔王、紅孩児の五人。
そしてもう一人、このゲームの隠しキャラであり、他の攻略対象全員のベストエンドをクリアしてからしか攻略できない、顕聖二郎真君がいる。
声優こそ豪華だったものの、超展開に次ぐ超展開と話が進めば進むほどシリアスになっていくシナリオの所為であまり売れなかった作品だ。
バッドエンドだとヒロインと攻略対象全員が死んでしまうことすらあるため、“死にゲー”と言われていた。ベストエンド以外は全てバッドというかデッドである。ヒロインと攻略対象の内一人は確実に死ぬとか、何のこだわりなのか。…そこじゃなくて、シナリオにこだわれよ。
そんな乙女ゲームの世界に、“あたし”はいる。
どのルートでも死亡フラグのあるヒロイン――悟空として。
フラグ立てちゃってから前世思い出すとか、何の嫌がらせ?
◇◇◇
ウザい。
すげーウザい。
ゲームをプレイしていたときも思ったが、コイツはものすごくウザい。
「お願いしますっ!!一緒に来てください!」
「嫌」
そう言い放ち、あたしは自分の前で土下座している男から顔を背けた。
美形の土下座とか、痛すぎて見てられない。
今の心情はその一言に尽きる。
彼――ゲームの攻略対象キャラの一人である玄奘はヘタレだ。しかもすぐに土下座をし出す変なヤツである。
ゲーム中最弱で仲間にも敵にも、乗っている白馬にさえ舐められている。…下に見られている所為か、旅の途中は何度も馬から振り落とされていた。
「えっ!?」
聞こえなかったのか。それとも、断られると思っていなかったのか。
どちらにしろ、あたしは玄奘に付いて行く気はない。
何せ、付いて行ったら最後だ。…死亡フラグの乱立が待っている。
「だから、嫌」
あたしが再び玄奘の方を向いて断ると、彼は悲しそうな顔をした。
何だかイラッとしたので、目の前の儚げ系美人顔に蹴りを入れてやりたくなったが、足に付けられた鉄球の存在を思い出し我慢する。
一介の乙女ゲーマーだった前世なら無理だっただろうが、今のあたしは多くのプレイヤーからゲーム中最強と呼ばれたヒロイン・孫悟空だ。こんなモノが付いていようが蹴ろうと思えば蹴ることくらいできる。しかし、この鉄球の付いた足で蹴る訳にはいかない。そんなことをしたら……目の前のモヤシなんて、あっという間にあの世行きだ。
「………………」
玄奘はシュンとしつつも、上目遣いでこちらを見ている……土下座の姿勢のまま。…前世の知識から知ってはいたが、ぶっちゃけキモイ。
俺様っぽく言われたら、行っても良かったんだけどね。
二次元でも三次元でも、あたしの好みは俺様だ。ヘタレはお呼びじゃない。
彼があたし好みの俺様だったら、死亡フラグがあると知っていても一緒に旅に出ただろう。それがこの男ときたら……“生まれ変わってやり直せ!”と言いたいくらい好みから外れている。…やっぱり蹴って出直させるべきだろうか。
「………どうしても、ですか?」
「うん、嫌」
情けない顔をされると萎える。
性格を変えろとは言わないが、美形なんだからせめて無表情にでもなって欲しい。
いや、無表情で土下座されたら怖いな。…うん、怖い。
想像して“ないな”と思ってしまった。いくら不人気の乙女ゲーでも、そんな正ヒーローはない。
「そうですか……」
どうやら、彼は諦めたようだ。
しかし、ゲームでは“旅に行かない”という選択肢がなかったので、これからどうなるのか分からない。…三食昼寝付き封印生活のままだろうか。
長椅子にふんぞり返りながら、断られてすごすご帰ろうとしている玄奘を見送っていると突然声が聞こえた。
「こらこら、玄奘。そこで諦めない」
「顕聖二郎真君っ!?」
「ジロー……」
いきなり現れたのはここ――五行山だったっけ?とにかく、あたしが今いるのは洞穴っぽいところだ――にあたしを封印した張本人、ジローこと顕聖二郎真君だ。
ゲーム設定だと悟空の保護者ポジションだったが、あたしはコイツに保護された覚えはない。つか、現在進行形で監禁されている。…さっさと出しやがれ!
何しに来たの、コイツ?
何を考えているか分からない笑みを浮かべるジローに、ものすごく嫌な予感がする。
嫌な予感……といっても、コイツはここに来ても私に嫌がらせしかしないのでいつもと変わらないかもしれない。なにせ、か弱い乙女を監禁してる鬼畜ヤローだから。…ちょっと天界の桃盗んだり、偉い仙人様の薬盗んだり、天帝の服燃やしてみたりしただけなのに。
「久しぶり、悟空。……と言っても、六日ぶりくらいかな?」
「三日ぶり、でしょ」
“久しぶり”と言うほどじゃない。
「おや、そうだったか。…君に会えないと寂しくてね。ずっと会っていなかったような気分になるんだ」
「あっそ」
「はは、つれないな」
「………………」
「あの!……お二人はお知り合いなのですか?」
ジローと話していると、突然の登場に驚いていた玄奘が口を挟んで来た。
ん?何で玄奘がジローのこと知ってんの?
ゲームでは、旅の途中の悟空に会いに来たジローとは初対面だったはずだ。今の段階で二人が知り合っているのはおかしい。
う~ん……ゲームと現実の差、ってヤツ?
あたしが二人の態度に違和感を覚えていることなど知らず、玄奘の問いにジローはしらっとした顔で答える。
「ああ、この子は私の保護下にあるからね」
「は?」
“保護下”ではなく、監視下と言った方が正しいと思うが。
「そうなのですか。だから仲がよろしいのですね」
あたしにとっては衝撃発言だったが、玄奘は一人納得しているようだ。…あたし達のどこをどう見たら仲が良さそうに見えるのか。
囚われの姫(あたし)と悪の親玉(ジロー)の仲が良さそうに見える理由を教えて欲しい。
「あたしとジローは…」
「玄奘、旅への悟空の同行のことだけど」
玄奘の誤解を解こうとするとジローに遮られた。
話を元に戻すらしい。
「え、あ、はい。……すみません、断られてしまいました」
玄奘が申し訳なさそうな顔で謝る。
「天界から見てはいたけど……悟空、どうしても旅に行くのは嫌かい?」
「………………」
何故、ジローが口を出してくるのか。しかも何故、ニヤニヤ笑っているのか。
……何か、ものすっごく嫌な予感…。
そして、その予感は当たってしまう。
「実は、もう天界で悟空の同行が決まってしまっているんだ」
「はあ!?」
何で天界が口出ししてくんの?
確か、ゲームではこの旅は“贖罪の旅”だった。煽り文句に使われる程の重要ワードだったのでよく覚えている。
旅の仲間全員が天界関係者ではあるものの、罪を犯した者ばかりなので天界の手出しはなかったはずだ。またゲームの設定からだけでなく、この世界の天界の性質から考えても、彼らが償いを強要するというのはおかしい。…あそこは基本的に放任主義だ。
「どういうことなのですか?」
「さっき決まったことなんだけどね。天界で…」
ジローと玄奘の会話が頭を上滑りしていく。何か説明しているようだが耳に入らない。
あたしの思考はどうしてもゲームへと向いてしまう。
一体、何で……?
ゲーム上での悟空達の罪。
孫悟空の罪は、天界の風紀を乱したこと。…あたしから言わせると、カワイイ悪戯に過ぎないが。
玄奘の罪は……あれ、何だったっけ?ヘタレには興味がなかったので覚えていない。
う~ん……フルコンプした覚えはあるんだけどなあ…。
もしかしたら、彼のルートは強制スキップで飛ばしたのかもしれない。…ルートの序盤で“うぜっ”と思った可能性がある。
「では、悟空殿に同行して頂けるのですね!」
「そうだねえ。天界の上層部がそう決めてしまったから、はっきり言って悟空に拒否権はないね」
「ちょ、ちょっと!勝手なこと言わないでよ!!」
勝手に話が進んでしまいそうな気配を察して、ゲームの内容から現実へと意識を戻した。…これが現実とか、耐えられない。
「私に言われても困るな。天帝が提案して釈迦と菩薩が賛同したんだ、諦めなさい」
「……何でその三人が…」
「色々あるんだよ。色々、ね」
「………………」
思わせぶりな口調だが……その“色々”が何なのかを言う気はないのだろう。
「まあ、そういうことだから」
“話は終わり”とでも言うようにそう言って、ジローは指を動かした。
すぐにあたしに掛けられていた負荷――封印が解かれたのを感じる。足元を見ると鉄球がなくなり、代わりに金の環が付いていた。
緊箍児。
原作の西遊記では頭に付けるものだが、ゲームではビジュアル的な問題で趣味の良いアンクレットに変わっている。イラストでしか……それも曖昧な前世の記憶の中でしか見たことがないものだが、わりと凝ったデザインなので一目で分かった。
……うわ、きたよ。
イラストでしか見たことがなかったソレに顔を引き攣らせる。
足を動かすとシャラリと綺麗な音を立てるアンクレットが装飾品ではなく足枷のように思えるのは、これがヒロインである悟空――あたしに対する縛めだと知っているからだ。ゲームと同じなら緊箍児はあたしの動きを封じ、苦痛を与える効果がある。
まあ、それを発動させる呪文が使えるのは玄奘だけなので、まだマシかもしれないが…。
「顕聖二郎真君、それは?」
「ああ、これは緊箍児だよ。悟空が暴れそうになった時は君が抑えられるようにね」
何も知らない玄奘にジローが緊箍児について説明する。今の時点では悟空も知らないはずだから、あたしに対してもあるだろう。
「君にしか使えないものだ。呪文は…」
続けて呪文を教えている。…ちっ、余計なことを。
「分かりました。効果はどれほどのものなのでしょう?」
「かなりキツイものだ。いくら悟空であっても動けなくなるくらい、ね」
玄奘に向けて言っているように見えて、後半はあたしに対する警告だ。…“逃げるなよ”と。
言われなくても分かってるっつの!
「悟空殿」
ジローから説明を受けた玄奘は納得したように頷いた後、私に向き直った。半土下座から、跪くようなものに体勢を変える。
「私では頼りにならないかもしれませんが、共に来て頂けないでしょうか?」
「………………フン」
嫌、行きたくない……とは言えない。
しかし、ここで素直に“行く”と答えるのも癪だ。
「行ってくれるよね?」
不満げに鼻を鳴らし、黙っているとジローが念を押すように口を出してきた。
諦めて、ヤケクソ気味に叫ぶ。
「………………行けばいいんでしょ!行けば!!」
―――こうして、あたしは旅に出ることになった。…死亡フラグだらけの旅に。
「絶対、死んでやるもんかーっ!!!」
「嫌だな、悟空。ちょっと天竺まで行くだけだよ?死んだりする訳ないだろう」
「決死の覚悟で旅に臨んで頂けるとは……っ!悟空殿、共に頑張りましょう!!」
続く……かもしれない。
実は、相方から“短編で投稿するのヤメロ”って言われてたのに投稿しました。
近日連載予定。しかし、予定は未定。
《よく分かる(?)人物紹介》
孫悟空 (そん ごくう)
ゲームヒロインにしてこの物語の主人公。
ポニーテールの強気系美人。猿ではない。
どの攻略対象よりも力は強いが、少々抜けている。
身体を動かすことが好き。前世とは大分性格が違う。
性格はゲームヒロインのままで乙女ゲー知識がある、というイメージ。
玄奘三蔵 (げんじょう さんぞう)
攻略対象の一人で、よく土下座する正ヒーロー。
儚げ系の美人さん。女顔。
主人公は覚えていないが攻略制限があるキャラ。ヘタレ設定だが、ルートを進めると……。
ゲームでは一癖ある人物。今の世界でどうかは不明。
とある事情で天竺へ向かう旅に出ている。乗っている白馬の名前は玉龍。
顕聖二郎真君 (けんせいじろうしんくん)
攻略対象の一人の隠しキャラ。中の人の所為で隠せてない。
……容姿設定は未定。たぶん美形。だって乙女ゲーだから。
悟空の自称・保護者。しかし、暴れ回った悟空を捕まえたのは彼である。
三日に一回は封印した悟空のところへ遊びに来る嫌味な奴(悟空談)。
何を考えているか分からない、食えない腹黒。