溶けてしまいたい
彼氏視点はユーザー名【密虫】のところにございます。興味を持っていただいた方はそちらへどうぞ。
*)密虫はムーンライトノベルズ様におりますので閲覧できない場合は諦めて下さい。申し訳ありません。また、そちらにあるからと極端な性描写の期待は持たないで下さい。
溶けてしまいたい。
あなたの熱に溶かされて輪郭も曖昧になって溶け込んでしまえばいいのに。
そうしたら寂しくなんてなくなるのに。
ーーーーーーーー
「煙草買いに行ってくる」
夕飯の後、ソファに座りクッションを抱えてバラエティ番組をぼんやりと眺めていると、空箱をくしゃりと握り潰して彼がそう言った。
そのまま上着を羽織り玄関に向かう背中を慌てて追い掛けたらドアを開けようとしていた手が止まり「ついて来るなら上着。クッションは置いてこい」と言われた。
「×××くんは背中に目があるのでしょうか?」
「いや、分かりやすいオマエが悪い」
…私の大好きな彼氏さんは少々お口が悪い。
出掛け間際のやり取りを思い出して憮然としながら見上げると、先程コンビニで買った煙草を既にくわえていて、火を点したライターが少し伸びた前髪と眇られた瞳を照らした。
少し癖のある黒髪。
不精で伸びた前髪に隠れた一重の眼差しは悪巧みする時だけ楽しそうに光り、薄く冷たそうに見える唇は意地悪を言う時だけ口角が上がる。
見上げなきゃいけない背の高さはキスをねだる時に不便だけど、すっぽりと包んでくれる広い胸が温かくて安心するからとても満足してる。
でも前に「ちっちぇー」と言われた時に、2cm程足りないけど女性の平均身長ありますから!!、って叫んだら小バカにしたように溜め息つかれたっけ?
…いやね、そこまでちっちゃくない事を主張したかったんだってばっ!
前言撤回。
お口が悪いんじゃなくて性格が悪いんだった。
私が考えていた事に気付かれてしまったようで、くわえていた煙草の煙を吐き出しながら、こつん、と脳天に拳骨が落とされた。
「イタイです」
「変な事考えてるからだ」
こんな時に心を読むのは反則だと思う。
咄嗟に今週は動物愛護週間です!小動物に優しくしてください、と反論してみたら「彼女じゃなくても良いのか」と返されて反論を封じられてしまった。むぅ。
いつもは「小動物」と言ってからかうくせしてこんな時だけ彼女扱いとか…良いですけどねっ。
…嬉しいから。
猫背気味の背中を揺らして笑う彼を睨みながら、先程煙草と一緒に買って貰った飴を口に入れた。
舌先から甘さが広がる。
猛暑だ、酷暑だ、と騒いでいた暑さも11月に入った今は名残すら残ってなくて、澄んだ藍色の空にオリオンの三つ子星が瞬いていた。
春の夜の夏の解放感を期待する寒さは花の香りも相まって艶かしくて好きだけど、秋の人肌で事足りてしまう寒さは苦手だ。
何だか無性に寂しくなって隣を歩く彼の、煙草を持っていない方の指先をそっと掴むと、力強く握り返されて彼の上着のポケットの中へ押し込まれる。
包まれる安堵感を手離したくて、彼の腕を抱え込むように手首から二の腕、肩と自分の体の側面で挟み込みようにして寄りかかると頬をぎゅっと押し付けた。
意地悪なくせしてこんな時だけ甘い。
我ながら趣味が悪いとは思うけど…好き過ぎて、困る。
「…このまま溶けちゃえればいいのに」
「…んー…?」
俯いてぶら下がる様にして歩く私。
ぶら下がられるままにゆっくりと歩む彼。
街灯に遊ばれて増えたり減ったりする影を眺めながら一回り小さくなった飴を口の中で転がしていると、頬を寄せた腕がみじろいだ。
「重たい」
「男の子なんだから我慢してクダサイ」
ナンダソレ、と呆れる声をつむじで受け止めて見上げた肩越しには大きくて丸いお月さま。
「チーズケーキみたい」
「色気の無い彼女だなぁ」
今更でしょう、と拗ねた私に笑う彼の顔が近付くと、合わさった唇から侵入した舌が中をぐるりと辿って飴をさらっていった。
「甘いな」
「飴ですから」
大切に溶かしてね、と小さく呟いた言葉はもう一度重なった唇の間で溶けた。