ゴースト・8
ほとんどの面子が退出し、会議室には、崇仁とサラだけが残っている。
「それでは、商売の話をしましょうか」
「こんな時にか?」
「こんな時だからこそ、です」
わざわざ崇仁だけが残っている――否、残されたということから察しは崇仁にも付いていたが、この言いようを見るに、やはり三条重工絡みの要件で間違いがないようだ。
三条重工。三条 崇仁の祖父が起こした企業であり、宇宙においてはエーテルギアのフレームデザインと製造、及び装備開発等を行なっている。
三条重工の手による商品は、フレームデザインにしろ、装備にしろ、コンセプトの先鋭化が過ぎるものばかりである。それは一部に愛好家を生み出しているが、大半の人間には扱いきれないと匙を投げられるようなものだ。ラティファが駆る、ウェアウルフの原型であるイヌガミ・フレームも三条重工製である。
「それで、要件は?」
「先の模擬戦で使用された装備の購入に関してです」
サラは、情報を提示する。崇仁の強化現実上に、データがポップアップ。それは先の模擬戦で、崇仁が操縦していたエーテルギアが追加装備として装備していた大型の追加スラスターだ。
ハードポイント装着型の簡易さを持ちながら、非常に大型であり、更に独自のPパックにより、プラズマ・ロケットの持続力も大きい。コロニー防衛用の要撃機には、なるほど必要な装備だろう。
高機動の一撃離脱型エーテルギアを仮想敵機として要求されたために装備していたものだが、どうやらそれだけが要求の理由でもなかったようだ。
「俺は営業じゃないんだがな」
「利益が上がるなら、問題ないでしょう? 当社としては、それ以外にもエーテルギアのフレーム単位での購入も検討しています」
「……払えるんだろうな」
崇仁は模擬戦を思い出す。
物も人も足りていない、というのが戦ってみて得た実感だった。ジムリアー連邦の方針なのか、あるいは経営上の問題を抱えているのか、PMCボリショイ・シチートの予算は大きく制限されているようだ。
エーテルギアの運用には、とにかく金がかかる。機体の維持、整備。装備、弾薬の補給。推進剤であり、プラズマ兵装のエネルギーでもあるU粒子も相当高価である。金がかかるのは機体だけでなく、人員でもそうだ。エーテル適正を実用レベルで持っている人間はそれほど多くないし、そんな人間をエーテルギア運用可能なレベルまで育成するのには相応の費用が必要だ。
無論、それだけの費用を支払う価値は充分にあるのがエーテルギアというものなのだが。
「その点に関しては心配なく」
サラの言葉を崇仁は不審に思う。
こちらがPMCボリショイ・シチートの経済状態に疑問がある事は、向こうも理解しているはずだ。先の問いが直接的にその意思表示であるし、エーテルギアとドライバーを今回の件で喪失していることはこちらも当然知っている。
PMCボリショイ・シチートは消耗している。それは間違いのないことだ。
そんな状態でこのような、ある種の余裕すら感じられる言葉が出てくる理由とは。
――純粋に、購入予算のアテが有るということか?
その可能性もある。
というか、恐らくはそれが普通のはずだ。だとしたら、その予算のアテとは一体なんなのだろうか。
依頼のアテがあるのか。あるいは融資の予定があるのか。どちらも、今回の襲撃で流れてしまいそうなものだ。
で、あるならば、どこから資金が湧いて出てくるというのであろうか――?
――それはこの際何でもいいか。
崇仁はそう結論づける。
最終的に売れるのであれば、予算調達方法など。売る側の論理としては、それで充分であろう。
大事なのは商品を売ることであり、商品を買う側が資金を集めたのなら、売り払う以上の行動は不要である。
「了解した」
そう言って大きく頷く以上の、何も要らない。少なくとも、今のところは。