ゴースト・7
「――失礼する」
そう言って、ラティファはPMCボリショイ・シチートが所有するビルの一室に足を踏み入れた。
中は小規模の会議室となっており、三人の男性と一人の女性が席に着いていた。
ラティファの姿を見て、三人の男性のうち、ラティファが知らない一人が梅干を含んだかのような表情をした。それも仕方のないことだ、とラティファは思う。
エーテルギアのドライバーとしてPMCであるライブラ・セキュリティ・コントラクトに所属しているラティファだが、その容姿はそんなプロフィールからは想像しがたいものだ。
それなりに身長はあるが、ラティファは十代半ばの少女なのだ。身体は鍛えられているものの、全体的な線は細い。顔立ちも目付きの所為かややきつい印象を与えるものの、整った造詣をしている。スーツが似合わないこと、甚だしい。彼女を見て、エーテルギアのドライバーだと思うものはそうそう居ないだろう。
後ろで一つに纏めた白髪を揺らしながら、ラティファは席に着く。
隣に座っているのは、三十代の半ばと見える男性だ。口髭と顎髭を生やした男は、普段とは違い表情を硬くしている。男はアーデルベルト・ワイズマン/ライブラ・セキュリティ・コントラクト、諜報員である。
その更に隣に座っているのは、東洋系の青年だ。机に組んだ手を載せて、元から細めの目を更に細めて眉間に皺を寄せている様からは、不機嫌さが発散されている。青年は三条 崇仁/三条重工、専務取締役/エーテルギアのドライバーとして、提携先のライブラ・セキュリティ・コントラクトに出向中。
反対側に座っている男女は、ラティファの知らない人間だ。男の方は三十前後、金髪碧眼で、やや垂れた目は人の良さを感じさせる。
女のほうは、ラティファにとっては出来れば相対したくない相手、という印象を一目で得た。眼鏡奥に光る切れ長の目は冷たく、ショートボブの黒髪は闇のように黒い。
「さて、揃ったことですし。始めましょう」
女が言う。同時にラティファの電脳上に個人識別用のコード――電脳上における名刺のような物だ――が二人分送られてくる。
女――サラ・エリザロワ/PMCボリショイ・シチート、マネージメント部門責任者。
男――リチャード・スティルソン/PMCボリショイ・シチート、エーテルギアのドライバー。
恐らく、男――リチャードの方は、エンフィールドのドライバーであろうとラティファは見当をつけた。
会議室の中央部に、ジムリアー連邦とその宙域をもした立体映像が表示される。正確には、そのように見えるように、この場にいる全員の強化現実上に情報がポップアップしたのだ。
女――サラがそれに向けて手を翳すと、映像上にいくつかのアイコンがポップアップする。数は八つ、表しているのは先の模擬戦に参加したエーテルギアだ。
「我社とライブラ・セキュリティ・コントラクト社の模擬戦闘中に、正体不明のエーテルギアが乱入」
一つのアイコンが追加される。暗赤色のそれは、あの赤いエーテルギアを表しているのだろう。
「我社のエーテルギア二機を破壊、更にエンフィールド及びウェアウルフと交戦。コロニーに攻撃を受けるものの、致命的な被害をうける前に、ウェアウルフによって撃退」
――撃退か。
そう言っていいのだろうか、と強化現実上からアイコンが二つ消失するのを見ながらラティファは思う。確かに、あのエーテルギアは撤退した。しかし、こちらはエーテルギアを二機撃墜され、コロニーに対して致命的ではないものの、損害を与えることを許した。これでは好き勝手食い散らかされたようにしか感じない。
「その後、グラビーチェリを名乗るテロ組織により、犯行声明が出されたわけですが――」
「そこから先は私が言おう」
そう言ってリチャードが手を挙げる。
会議室中央の情報が切り替わる。変わってポップアップしたのは、ある男の三面写真だ。
三十代前半と見える、岩を削って作ったかのような顔立ちをした西洋系の男。短く刈られた灰の髪も、そんな印象を強めている。
「ポップアップしたグラフィックは数年前のものだが、整形などが行われていなければ、現在でも通用しないことはない。この男は、ニコライ・レザノフ。かつて我社に所属していたエーテルギアドライバーで、乗機はプリェードク・フレームのカスタムタイプ『ジマー』だ」
三面写真の隣に、エーテルギアのポリゴンモデルがポップアップ。
「その機体は……」
ラティファは呟く。
ポップアップした暗赤色のエーテルギアのモデルは、先に戦闘したエーテルギアとほぼ同一のものだ。
「そう、先に襲撃を仕掛けてきたエーテルギアだ」
「そんなものが何故、襲いかかってきたんだ?」
不機嫌そうに問うのは崇仁/答えるのはサラ。
「彼は数年前、我社の方針に反発してエーテルギアを強奪、脱走しています。そして、その際に脱走したのは、彼だけではありません」
複数人の三面写真と、数機のエーテルギアの情報がポップアップ。それを見て、崇仁が苦いものを噛んだような表情を浮かべた。
「つまり、グラビーチェリって言うのは、この抜けたメンバーの集まりってことか?」
「その可能性は高い、そう、我々は想像しています」
「複数のエーテルギアを運用可能なテロ組織か」
崇仁は舌を打ち、乱雑に自分の髪を掻き回した。
「ふむ」
ラティファは得心する。赤いエーテルギア、ジマーとの遭遇時、リチャードはあのエーテルギアに心当たりがあるとしか思えない言動をとっていた。
――それにしても。
エーテルギアを奪って民間軍事会社を抜けた、だけにしては、リチャードの反応はおかしかったようにラティファには思えた。リチャードはあの時、ジマーの姿を確認した途端に攻撃の指令を出した。まるで、ジマーがこちらに攻撃を仕掛けてくるのが分かっていたかのように。エーテルギアを持ち出してきた以上、昔話をしに来たわけでないのは分かるが、即座に攻撃となると違和感がある。
ラティファには分からないことがもう一つある。それはグラビーチェリの目的である。
グラビーチェリの声明を、ラティファは思い返す。
ジムリアーをロシアに返す。
それが何を意味しているのか、何の意味があるのか、エーテルギアを持ち出してまで、やらねばならないことなのか。
――私以外の人間は、別に疑問に思ったりはしないのだろうか?
そうであるならば、それは自分が欠けたもののある人間だからなのだろうか。そう思わずには居られない。
生きて行く以上、自分からは逃げられない。自分の欠落からも。
「それで、どうなんです?」
ワイズマンが問う。
「どう、とは?」
「まさか説明責任を果たすためだけに、我々を呼んだわけじゃあないでしょう?」
「察しが良くて助かります」
サラはそう言うと、データを送信してきた。
「貴社にはもう話が通してありますが、我々はライブラ・セキリュティ・コントラクトに対し、追加の依頼を行いました」
ラティファは送られたデータを確認する。
内容は、依頼について。依頼内容は、グラビーチェリを逮捕までの捜査協力と、グラビーチェリからの攻撃に対するコロニーの防衛だ。
リチャードが目を伏せる。
「見ての通り、うちのエーテルギア戦力は貧弱だ。元からそうなのに、ニコライの奴に削られて、今となってはエーテルギアを使った襲撃をどうにかなんて、単独じゃ出来ない」
それにサラが淡々と続ける。
「捜査には我々と、ジムリアー連邦の公安に協力して当たってもらいます」
公安との協力をナチュラルに取り付ける辺り、ジムリアー連邦とPMCボリショイ・シチートの関係は非常に強固なものらしい、とラティファは思う。そういった公的な機関と協力することは無いわけではないが、それは概ね公的な機関の方から依頼があった場合に限られている。
「以上で宜しいですか?」
「本社と話がついてるなら、私がなにか言うことじゃないですよ」
「右に同じく」
「私もだ」
サラに対し、ワイズマン/崇仁/ラティファが答える。ただ、それが当然であるというように。