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ゴースト・5

 複数のエラーメッセージがポップアップする。自己診断プログラムが走り、破損箇所を報告してくる。悲鳴のようにヒステリックな警告音。

 ウェアウルフのコクピット内で、ラティファはそれら全てを受容していた。

 あちこち打ち付けた所為で、体中が痛む。だが、痛むだけで身体の方に致命的なダメージはないようだ。むしろ損傷が深刻なのは、ウェアウルフの方だ。

「く……」

 呻きながら、ラティファは機体コンディションを確認する。

 右腕喪失、人喰マンイーター喪失、腹部装甲にダメージ、内装系にも多数の問題――結構なダメージを受けているが、幸いなことに駆動系にはダメージが少ない。つまり、スピードなら今までと大差無いものが出る。

 赤いエーテルギアの位置をレーダーから読み取る。

 どうやら、既に相当コロニーに近付いているようだ。本気で、コロニーに攻撃を仕掛ける気なのだろうか?

 いや、実現の意思は関係がない。ここまで近づいて、コロニーに攻撃を仕掛ける可能性が出てきた時点で十分なのだ。

 撃退しなければならない。

 現行の武器で最も相手にダメージを与えられるのは――これしかない。

 スタビライザー偏向。スラスター起動。アライメントチューナーによる加速を、ある程度。

「行けるな、ウェアウルフ」

 その問いかけに答えるかのように、ウェアウルフは再度飛ぶ。機体の部位を幾つか失ったせいでバランスが悪くなっているが、同時に軽くなった分多少速くなってもいる。

 即座に、赤いエーテルギアをセンサーで捉える。ズーム。強化現実(AR)に拡大図がポップアップ。赤いエーテルギアは、コロニーに攻撃を仕掛けようとしていた。

 ジムリアー連邦の居住用コロニーは、スタンフォード・トーラス型――所謂ドーナツ型コロニーである。ドーナツ型とは言うものの、実際の形状は自転車のスポークが付いた車輪に近い。車輪で言うとタイヤ・チューブに当たる部分が居住区であり、常に回転を続けることによって重力を生み出している。そして、中央部に太陽電池とサブミラー、車軸を伸ばした片方にメインのミラー、もう片方に太陽電池というのがコロニーの構造になっている。

 赤いエーテルギアはミラー側からコロニーに近付き、ハンマーを掲げながら中央部――サブミラーと青く輝くタイルのような太陽電池に向かっていた。

 ――どういう事だ?

 高速で飛翔しながらも、ラティファはその事を疑問に思う。

 居住用コロニーに攻撃を仕掛けるというのは、工業地域や農業地域ではなく、住宅地への攻撃に相当する行為だ。

 ならば、人的被害を大きく、住民への精神的ダメージを大きくしようと動くのが当然であろう。

 そのためには、居住区域に直接攻撃を仕掛けるほうが良い。穴を開ければ、相当な数の人間があっという間に息絶える。コロニーには損傷に対する自動補修機能も付いてはいるものの、それはあくまでも事故やデブリによる小規模な破損に対するものであり、エーテルギアの破壊力には敵わないはずだ。

 ――いや、そんな事は重要じゃない。

 赤いエーテルギアは、振りかぶっていたエーテルハンマーを太陽電池に向けて振り下ろしていた。打突された部分から衝撃が伝播し、クモの巣状にヒビ割れが走る。太陽電池の構成物質であるシリコンが陥没し、椀状に窪む。

 太陽電池の機能不全により、内部では一時的な電力不全が起こっているだろう。居住用コロニーには太陽電池がもう一基あるとは言え、そうならざるをえない。

 このまま続けて居住区まで破壊されてはたまらない。

 ウェアウルフは最早ズームが必要ない距離まで近付いている。そのまま、飛翔を続ける。狙うは敵の背後。手持ちの武器は無い。残った最も有効な一撃を与えられる武器とは、ウェアウルフの質量と速度そのものだからである。

 赤いエーテルギアの、三つのスラスターが手を伸ばせば届く距離まで近づく。

「二度同じ手か」

 赤いエーテルギアが振り向こうと回転。その手にはエーテルハンマーがある。

「同じでは、無い」

 ウェアウルフが加速。ラティファの頭蓋に、直接ハンマーで叩いたかのような頭痛が走る。アライメントチューナーの全力稼働。

 先の突撃と違い、今回はアライメントチューナーをフルに稼働させていなかった。その分を使いきり、加速したのだ。

 ウェアウルフは左膝の衝角を突き出す。

 赤いエーテルギアの回転が終わるよりも、急加速したウェアウルフが突撃するほうが早い。敵機の脇腹を砕きながら衝角が突き刺さる。ゼロカーボン製の装甲を人狼の牙が食い破る。赤いエーテルギアの装甲は厚い。しかし、ウェアウルフの速度が充分に乗った一撃ならば破壊できないほどではない。

 装甲を噛み砕いた衝角の進みが、急に止まる。進入角度が悪かったのか。装甲を破壊したものの、それは致命的な一撃ではなかったようだ。赤いエーテルギアは沈黙していない。

 ――なら、押しこむだけだ!

 スラスターを蒸す。そして、押す。

 赤いエーテルギアの巨体が動いた。

「ぬ」

「このまま――砕けろ」

 ウェアウルフのツインアイに、威嚇用の発光パターンを出させる。

 押し込む。

 流されるかのように、赤いエーテルギアとウェアウルフは駆けた。赤いエーテルギアの脚部が太陽電池に引っ掛かり、まるでヤスリにかけたかのようにシリコンを削り取る。

 破壊する。破壊できなくとも、敵機をコロニーから引き剥がす。

 そのために、全力でウェアウルフは衝角を突き刺す。獲物に食いついた狼が、失血死するまでその牙を突き立てているかのように。

 機体の進行方向への摩擦が、不意に弱くなる。

 太陽電池とスポークの一部を巻き込み、シリコンやカーボンを側方へ撒きながらも、ウェアウルフは敵機をコロニーから引き剥がしたのだ。

 しかし、牙は敵を倒すに至らない。

 衝角は突き刺さったまま、さらに奥深くには侵入しないのだ。

「く……」

 センサー映像にノイズが走る。内装系の故障によるエンコードのミスでも、ウェアウルフのセンサー異常でもない。連続でのアライメントチューナーの全力稼働により、ラティファの脳が悲鳴を上げて――目が霞んでいるのだ。

「なるほど」

 敵機のドライバーが、言う。

「思ったよりはやる。だが、こんなものか」

 敵機のスラスターが駆動する。高濃度の酸素に火種を入れたかのように、プラズマが噴出された。

「が」

 ラティファの喉から呼気が漏れる。

 弾き飛ばされる。まるで子供と大人のような出力差だ。

 ラティファは再度アライメントチューナーを稼働させ、機体状態を復帰させようとするが。

「い……あ、あ……」

 割れる。脳にノミ打つかのような頭痛。狂いたくなるほどのそれに、思わず両手をコンソールから離し、手に回した。

 ウェアウルフの機体制御コントロール喪失ロスト。途端に、四肢は力を失いぐったりとする。

 致命的な隙である。それを理解しつつも、ラティファは機体を復帰させられなかった。この頭痛が治まるなら、死んでもいい。そう、半ば本気で思う。

「が……は、あ……」

「目的は果たした。もういい」

 悪夢のような頭痛の中で、ラティファは敵機が離れていくのを見た。

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