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ゴースト・3

「未確認機が宙域に接近しています。模擬戦闘を中止して、システムを戦闘モードに切り替えてください」

 PMCボリショイ・シチートの管制から連絡が入る。

「未確認機……」

 通信を受けたラティファは、指示通りウェアウルフの戦闘システムを模擬戦闘モード/通常戦闘モードへと切り替える。同時に、先までの敵機を友軍機へとマーカー変更。

 模擬戦を行う宙域と、その周辺は現在PMCボリショイ・シチートによる占有状態にあり、接近した場合は危険勧告が出ることになっている。いや、それ以前に船舶の航海図に占有状態としてマーキングされているはずである。

 それを無視して接近するということは、事故でコントロールが効かなくなっているか、何らかの意図があるということだ。

「トラブった輸送船でしょうか」

「かもしれない。が、そうでないかもしれない。となれば、警戒するに越したことはない。本国も近いことだしな」

 先に撃墜されて、撃墜状態から復帰したザウルス・フレームに向かって、エンフィールドのドライバーがそう言う。

 PMCボリショイ・シチートは、半民半官の企業であり、最も大きなスポンサーは、事実上地球圏唯一の独立自治コロニー群であるジムリアー連邦である。コロニー群とは言っても、居住用コロニーは一つで、コロニー群を構成している残りは工業用、農業用等のプラントだ。

「ところで、本当に戦闘に入ったらどうするんです? ライブラの……」

「私なら、勝手に動かせてもらう。付け焼刃のコンビネーションより、そちらのほうがよほどいい結果が出る」

 後に撃墜されたザウルス・フレームのドライバーに向かって、ラティファはそう返す。

「そういうわけだ。こちらはこちら、そちらはそちらで動くことにしよう。まずは私が連絡を――っと」

 エンフィールドが自らの右方、コロニーと反対側へと頭を向けた。

 所属不明機を、こちらのセンサーが捉えたのだ。川に流される笹の葉のように、ゆるりとした速度で、こちらに向かって来ている。それを確認すると、エンフィールドを中心として、PMCボリショイ・シチートの三機が集まる。位置としては、ウェアウルフの右下方だ。

 ウェアウルフのセンサーが捉えた所属不明機の姿は、四角張ったユニットを組み合わせて作ったかのような、一般的な輸送船の物である。

「では、私が連絡を取ろう」

 そう言うと、エンフィールドのドライバーは輸送船に向かって通信を送った。

「そちらの輸送船に告ぐ。こちらはPMCボリショイ・シチートの機名エンフィールド。なんども警告が行っていると思うが、一体どういう事だ? マシントラブルがあったなら、こちらで助けになることも出来る」

 そんな通信に対し、輸送船はこれといったアクションを起こさない。ただゆっくりと、流されるように進むだけである。

「繰り返す、こちらは――」

「相変わらず――」

 通信。輸送船からオープンで返って来たそれは、低い、感情を感じさせない男声だ。

「まさかお前は!」

「間が抜けているな、リチャード」

 声と同時、輸送船が破裂した。

 否、そうではない。偽装をパージしたのだ。

 そして現れた真の姿を、ウェアウルフのセンサーは捉える。そこに有るのは暗赤色ダークレッドをした人型機械――エーテルギアの姿だ。

 大まかな外見はエンフィールドに近しい。同一のフレーム――プリェードク・フレームを素体としているためだ。

 大きく異なっているのは、脚部と背部。脚部はまるで巨大な袴を履いているかのように末に広がる形を取っており、そこに多くのスラスターを取り付けている。背部に取り付けているのも、大型のスラスターであり、タワーのように三本のスラスターユニットが後方に向けて伸びている。

 しかし、一番眼を引くのはその右腕に携えられた武器だろう。

 機体全長よりも長い柄を持つそれの先端部には、尻にスラスターの付いた巨大な杭のような物が付いている。

 そう、これはエーテルギア用の戦槌ウォーハンマーなのだ。

「全機に通達!」

 その姿が完全に現れるよりも早く、エンフィールドのドライバーから通信が飛ぶ。

「あの赤いエーテルギアを破壊せよ! あれは敵だ!」

「え、でもそんな隊長――」

 ザウルス・フレームのドライバーの通信が終わるよりも、赤いエーテルギアが動くほうが早い。

 爆発。

 そう言っていいものが、赤いエーテルギアを中心として起こる。それは赤いエーテルギアのスラスターから、プラズマ化した粒子が吐き出されたためだ。通常のプラズマ・ロケットとは比べものにならない大型のスラスターは、爆発に等しいプラズマの噴出を起こす。

 爆発が生むのは、速度だ。赤いエーテルギアが吹き飛ばされるような速度で飛ぶ。エーテルによるものではない、純粋なプラズマ・ロケットの噴射による超高速。

「なっ!」

 ラティファの強化現実(AR)上で、赤いエーテルギアの認識が一瞬消失し、再度現れる。圧倒的な速度差による、処理の遅れ。ドライバーの感覚的にはワープしているのと同じだ。人喰マンイーターの照準がずれて、射撃のタイミングを失う。

 赤いエーテルギアが飛翔する先には、PMCボリショイ・シチートの三機が有る。

 その速度に、ラティファだけでなく、ザウルス・フレームの二機も反応しきれなかった。

 エンフィールドがプラズマ・ロケットでその場を離れる/戦槌を振りかぶった赤いエーテルギアが到達する。

 振りかぶった戦槌による打撃。機体を軸として回転するような動きによって、機体の速度がそのまま打撃に乗せられる。

 ラティファはその戦槌が、異形へと変じているのを見た。ハンマー部が一回り大きくなり、外見がまるで氷柱の塊のように、あるいは流水を瞬間的に凍結させたかのような姿になる。物理的に変じたわけではない。エーテルの変動が、ラティファの強化現実(AR)上ではそのように観測されているということだ。

 あの戦槌は人喰マンイーターなどと同様の、エーテル兵装なのだ。

 エーテルハンマーによる打撃の軌道上には二機のザウルス・フレームがある。その胴体部を、打撃する。

 装甲も防護も、濁流の前の砂山に等しい。

「ひぃ!」

 喉を直接絞るような音が通信から流れ、ザウルス・フレームの胴部が粉砕される。あまりに強烈な打撃により、まるで木が繊維に裂かれるかのように、あるいは内側から弾けるかのように、機体中央部が微細に砕かれた。

 二機目も同じく。

 まるで壁に投げつけられた人形のように粉砕される。

 その勢いを殺さぬまま、赤いエーテルギアは駆ける。回転しての打撃も、速度を殺さぬ機動も、エーテルによるものではない。大型のスラスターを多数搭載した脚部のコントロールにより、まるでスキーのように機体を自在に動かしているのだ。

「好きにさせるか!」

 ウェアウルフのアライメントチューナーを起動。スラスターを偏向。プラズマ・ロケット起動。狩猟者たる機能が解放される。

 ウェアウルフもまた、赤いエーテルギアを追い全速で飛ぶ。周囲の景色が飛んでいく。

 その中でのことだ。

「やってくれたな。ニコライ……ニコライ・レザノフ!」

 ラティファは怒りの滲んだ呟きを通信越しに聞いた。

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