ゴースト・20
無数の紙の束が生み出す混沌を、再度秩序立てる。物理的な意味においても、情報的な意味においても。
今までジムリアー連邦で発生した公安案件についての資料を全て精査し終わったワイズマンは、資料室内で椅子に背を大きく預けながら、大きく息を吐きだした。ここ数日は、公安の熱心な捜査もあって、新たな案件が増えたりもしていたが、その処理もようやく終わった。
ブラインドから僅かに入る僅かな陽射し以外は明かりの存在しない室内に一人。疲労だけが体の中に檻のように沈んでいる。
「どういうことだ、これは――?」
ワイズマンの中に残ったのは、疑問だけだった。
元々、テロ組織等と繋がりがないニコライ達の背後には、別の糸が付いている筈だった。そうでなくては禄に資金も手に入れられない。
実働班とも言えるニコライなどよりも、グラビーチェリの本体はそんな背後に居るものであり、そちらの相手をするのがワイズマンの役割だ。
しかし、一通り調べてもグラビーチェリとの間にはどの組織も接点が見つからない。東欧ロシア、人民連邦の諜報関係との接点もない。
東欧ロシア、人民連邦のどちらもグラビーチェリの背後に居ないのだとしたら、グラビーチェリの目的とは何なのかすら分からなくなってくる。
そして、完璧な資金源の偽装。何故そんな事が可能なのか。
「情報が足らないか?」
その可能性はないわけではない。
しかし、ジムリアー連邦内で公安以上にカウンターテロに優れた存在は居ない。PMCボリショイ・シチートもカウンターテロの経験は十分有るが、その情報は連邦公安と完全に共有されている。
つまり、これ以上の情報を手に入れるのは、現状では難しいということだ。
「糞っ!」
自分の頭を掻き毟る。随分昔に手を切ったはずの煙草が欲しくなってくる。
空気が公共財であるコロニーで、煙草は自由に吸えない。だから、宇宙に来る前に、煙草は辞めておいた。
だが、習慣というものは中々抜けないものだ。食後や、思考に詰まった時、ふと口が寂しくなる時がある。
――落ち着け。
大きく息を吸い、吐き出す。精神のささくれを沈めるには、どれだけ時代が進もうとこれが最善なのだ。
情報が何もないということはない。何故ならば、何もないということそれこそが情報足りうるからだ。
ワイズマンの仮説の補強には、集めた情報は役に立たなかった。ならば、集めた情報から仮設を組み立てるのだ。
資金源に繋がるデータが存在しないというのは、はっきり言っておかしい。いや、ありえないという方が正しい。幹まで迫ってこないレベルの枝葉まで刈り取っていくのは効率があまりにも悪すぎるからだ。
そこまでする必要がないのに、実際はそこまで徹底した隠蔽がなされている。何故徹底した隠蔽が行われたのか、何故徹底した隠蔽が可能だったのか。
「痕跡すら残しておくわけにはいかなかった、か?」
その可能性はある。
しかし、だとしても何故それが可能だったのかは――
「まさか」
音を立てて、ワイズマンは身体を起こす。
そうだ、それならばあり得る。金銭のやり取りに関する痕跡が全く見つからない理由も、それが可能である理由も。
勢いに任せて立ち上がると、ワイズマンは手狭な室内を歩き始めた。
そうだ。そうであるのならば、辻褄は合う。グラビーチェリの背後にあるのがあれであるならば――
「だが、これでは……」
根拠はない。いや、根拠は見つけること自体が不可能であろうし、こうなっては根拠を探す意味自体がない。
半ば、ワイズマンの今回の件における仕事は終了したようなものだ。もしもこれが事実であるとするならば、の話ではあるが。
「いや、一応は調べてみる必要があるか」
そうでない可能性があるのならば、一応は最後まで追ってみる必要がある。そうでない可能性、それを。
それに、まだ触りすらも分かっていないことがある。グラビーチェリは何をしようとしているのか。そして、それが分からない限り、何故資金提供が行われたのかを知ることも出来ない。
まだ、長波は続けなければならない。
ならば、どこからか別の情報ソースを得る必要がある。
今現在得られそうな別のソースは――
そう考えながら、ワイズマンは資料室を出た。
今現在考えられる別の情報ソースは一つだけだ。実際に、ニコライ・レザノフ達、グラビーチェリと相対した面々。つまり、ライブラ・セキュリティ・コントラクトのエーテルギアドライバー達。
――あいつらから何か情報を掴むしか無い。
もしも、そこで掴んだ情報で同じ結論に到達してしまったのなら――その時はその時だ。




