ゴースト・2
ウェアウルフが右手に持った、砲剣一体型デバイス人喰を振る。
直接は当たらない。しかし、これで撃破判定が出て、敵機は動きを止めることになる。
本気で攻撃しないのは、これが実戦ではなく、仮想敵機を用いた、訓練用の模擬戦だからである。
今回、ライブラに持ち込まれた依頼は、PMCボリショイ・シチートの訓練のための仮想敵機である。ウェアウルフともう一機が持ち出されており、もう一機の方は別のチームと戦っているはずだ。
「確かに、訓練が必要なレベルではあるな」
ウェアウルフの中で、少女――ラティファは呟く。
PMCボリショイ・シチートはかつての再編の結果、構成員が大きく抜けてしまって弱体化した――とラティファは聞いた。
その結果、他のPMCが基本的に取る、ドライバーとエーテルギアを適正に合わせてワンセットで運用する方法を取るのではなく、ある程度数を揃えて運用することにしたらしい。
その結果は、芳しいとは言いがたいようだ。
エーテルギアの複数同時運用に、関しては戦闘教義が確立されていないこともあるし、単純に練度が足りていないということもある。
シミュレーターではなく実機での模擬戦を望んだのは、覚悟――ドライバーのメンタル面への影響を鑑みた結果だろう。シミュレーターで負けたとして、表層ではそんなことは考えずとも、心のなかの何処かでこう考えて終わりだ。所詮、シミュレーションだ、と。
だが、実機を使ってこのレベルの格の差を見せられてしまえば、そんな言い訳は出来ない。訓練というより、これは現実を見せつけるためにやったのであろう。
これといって見るべきところのないザウルス・フレームでドライバーが新人であれば、こうなるのは当然である。人にも機体にも、資金を注入していないことを、ラティファはそこから見た。
「もっとも――」
最後に残った一機、これだけは別だ。
機体の外観から、動きから、他の二機とは完全なる別物。本物のエーテルギアとドライバーだ。
周囲を駆け回りながら、ラティファはその機体を観察する。
全体的に、曲面的なラインを持った、暗青色の機体だ。肉付きのいい、ずんぐりむっくりとしたような体型がその丸みを強調する。特徴的なのは頭部だ。一角獣のように、頭部頭頂部が大きく前方に細長く伸びて、角のようになっている。単眼タイプのメインカメラがぎょろりと動き、光る。
武装は両手に二連想大型ガトリングガン、脚部に予備兵装と思しき銃剣付きのアサルトライフル。更に背中に、大型のユニットを装備している。大きく、機体全長ほどの長さがある円筒型のものと、四角張った別の大型ユニットでそれは構成されている。
今は無き企業によって生産されたエーテルギア、プリェードク・フレームをベースとした機体『エンフィールド』。
そんな機体にわざわざ乗っている事からも、ドライバーが古強者であることが分かる。
前の二人と同じだと思ってはいけない。
エンフィールドが巡航速度を落とす。完全に止まるほどではないが、疾走から歩いているほどの速度への変化だ。
そこに、ラティファは誘いを見た。掛かってこい。そう言っている。
「なるほど」
乗ってやろう。
ウェアウルフは右手の人喰をエンフィールドに向ける。その中央部が上下に展開し、砲身が露出/射撃。
同時に、エンフィールドから見て右から左側へ、後方を孤の軌道を描きながら駆け、即座に方向転換。エンフィールドに突撃。ここまでの動作が、砲弾のエンフィールドへの到達よりも早く行われる。
砲弾がエンフィールドに到達する。
その瞬間、エンフィールドの機体各部が発光した。発光したのはプラズマ・ロケットからプラズマが爆発的に噴出したためだ。それにより、エンフィールドは先までとは違う速度で僅かな間、高速移動する。
さらに、着弾するはずだった砲弾の軌道が、水面に入った光のように屈折する。エンフィールドのエーテル干渉による防護である。
完全に攻撃の瞬間を見切られた。
「糞ッ!」
ウェアウルフの突撃軌道上に、エンフィールドは存在しない。エンフィールドの脇を通り抜ける瞬間、両腕のガトリングガンが向けられる。完全なカウンター狙いだ。
四門のそれは、一秒辺りに五百発近い砲弾を吐き出す。ウェアウルフは防御能力を切り捨てることによって機動力を得た機体である。これを受けたら一溜まりもないだろう。
「舐め――るなぁ!」
ラティファは咆哮し、アライメントチューナーを全力で起動させる。脳そのものに痒みが走る。構わない。
ウェアウルフは急速に停止、ラティファの体に強力なGがかかる。蛙のように潰されそうになり、呻きが漏れそうになる。
砲口から、ウェアウルフがそれる。更にエーテルによってラティファはウェアウルフを回転させる。己の左方、エンフィールドに向かって。その勢いのまま、右足を蹴り上げる。回し蹴り。
エンフィールドが右手に持っていた、ガトリングガンが上方に吹き飛ぶ。追撃。人喰内部のアライメントチューナーを起動し、絶対停止状態の剣――エーテルブレードを作り出す。
更に機体を回転させ、横薙ぎの一撃を繰り出す。
「なるほど強い」
通信――エンフィールドのドライバーからだ。
「それでなくては、わざわざ金を払った意味が無い!」
エンフィールドが上体のみを仰け反らせた。その胴部の上を、エーテルブレードが薙ぐ。同時に、エンフィールドの下半身が持ち上がる。無重力状態ならではの機体復帰方だ。
エンフィールドの左腕ガトリングガンは、機体の体側に沿った形で、ウェアウルフに突き出されている。
「そちらこそ!」
言いながら、ラティファはアライメントチューナーとプラズマ・ロケットによる機動で、エンフィールドから離れる。
それを、ガトリングガンから吐き出された砲弾が追う。
連射であるはずのそれは、火線という言葉が示すとおり、あまりに連射速度が速すぎるために、砲弾の軌跡は線としてのみ認識可能である。
ただしその砲弾は現実の質量を持ったものではない。強化現実上に作成された、偽装の砲弾である。当たれば撃破判定が出る。
小刻みに進行方向を変え、高速でウェアウルフは退避する。エーテルギアは基本的に超高速である。下手な実弾よりもよほど速いため、回避も容易い。
そのため、実弾火器の運用方法は、狙って当てるよりも、ばら蒔いて置くことに重点が置かれる。
エンフィールドの火器運用は、手本通りと言っても良い。この火線を掻い潜って接近するのは、高機動特化のウェアウルフといえども骨が折れる。
エンフィールドがガトリングガンを振り回し、ありとあらゆる方向に砲弾がばら蒔かれる。恐らく、吹き飛ばしたもう一丁のガトリングガンも拾っていることだろう。宇宙にばら蒔かれる火線が追ってくるのを、ウェアウルフは避け続ける。
「さて、どう攻略すべきか――」
機体を旋回させながらラティファが呟いた時だった。ラティファの電脳に、警告音が鳴ったのは。