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ゴースト・19

 プロジェクターに映しだされたのは、メルカトル図法で描かれた世界地図だった。

「二〇世紀になって、宇宙開発が行われるようになった」

 崇仁のアバターが、机の上で言う。

「最初期のそれは、技術力の喧伝のため、国家の威信をかけて行われた。アメリカとロシア――当時のソビエト連邦は盛んに競争しあって、やれ有人飛行だの月に行っただのやっていたわけだが、ソビエト連邦の崩壊なんかもあって、それは一気に冷却される」

 地図上でソビエト連邦が崩壊し、国境線が変化する。

「どうしてそうなったんだ?」

「単純に、直接的な利益には繋がらなかったからだろうな。国家の威信をかけなければ、労多くして益少なし、な部門だったわけだ。技術研究や探査衛星の送り込みなんかはやっても、友人で月に行ったりはしなくなった」

 地図上で、幾つかの国々が衛星を打ち上げる。まるで花火のように。

「状況が変わったのは、材料工学が発展したのがきっかけだった」

 中空に、立体映像が浮かぶ。それは黒い板状の物体であり、何かのサンプルのようだ。ラティファは、それに見覚えがあった。

「エーテルギアの装甲か……」

「当たりだ。ゼロカーボン――加工が容易で、金属とは比較にならない頑健さを持ち、軽い。狂ったように便利なマテリアルだったわけだが、こいつには一つ欠点があった。安定して製造が出来なかったのさ。その所為で、最初期のゼロカーボンはバカ高い素材だったわけだ」

 だが、現在ゼロカーボンはそれほど高価な素材というわけではない――とラティファは推測する。高価な素材にしては、使われる範囲が広すぎる。

「そしてあるとき、ゼロカーボンにある性質があることが分かった。無重力下なら、ゼロカーボンの生成は安定するのさ」

 同時に、ゼロカーボンの周りに幾つかの立体映像が浮かぶ。

 光る粉末、医療用カプセル、生肉等、それらに共通項が見られない。

「そして、無重力下や宇宙空間でのみ生成可能なマテリアルや、生成が安定するマテリアルは他にもあったし、幾つか見つかった。これらの素材を総称して、現在では零Gマテリアルと呼んでいるな」

 零Gマテリアルの幾つかは、ラティファにも聞き覚えのある名前や、見覚えのある形をしていた。立体映像上で光る粉末として描写されているのは、∪粒子。エーテルギアの推進剤であり、プラズマ兵装の動力源でもあるマテリアルだ。プラズマ化しやすく、その制御が容易である、とラティファはどこかで聞いた覚えがある。

「零Gマテリアルは、かつてのレアアース以上の有用性と、生産性を持っている。宇宙に工業用プラントさえ作ってしまえば、一躍資源産出国になれるわけだ。その結果、人口爆発に対するアンサーとしては否定された、コロニーの開発が再び始まった」

 中空に浮かび上がった立体映像群が消失する。

「ここで、話はロシアに戻るわけだが。このコロニー開発開始期の時点で、ロシアは既に相当疲弊していた。資源掘り尽くしたりなんだりでな。そこで一発逆転コロニー建造を狙ったわけだ」

 ドーナツ型の物体、スタンフォード・トーラス型コロニーの立体映像が浮かぶ。

「それが現在のジムリアー連邦。完成したのはいいんだが、その時点で既にロシアは大きく疲弊していた。それを補おうとして、コロニーから利益を吸い上げようとした。その量は、他の国家とは比べ物にならなかった」

「そんな事をしたら、反発を受けるんじゃないのか?」

「良く分かってるじゃねぇか。当然、コロニー側は本国に対して大きく反発した。その結果、ロシアはコロニーから想定していたほどの利益を得ることが出来なかった。そしてロシアは疲弊していく」

 地図上のロシアが、外側から徐々に黒く染まっていく。まるでアリにたかられるように。

「そして――」

 ロシアが、完全に黒く染まった後、ぐつぐつと煮立つように揺れ始めた。

「疲弊したロシアは、政府側と反政府側で内戦状態に陥ったわけだ」

「内戦……」

「政府側を欧州、反政府側を中国が支援したが、コロニーはどちらにもつかなかった。そして、本国の政情不安から、コロニーはこの頃から独自の貿易ルートなんかを開拓し始めた」

 ジムリアー連邦の街並みをラティファは思い出す。

 他のコロニーでは本国をカリカチュアしたかのような、わざとらしいほどの本国らしさが散りばめられる。ジムリアー連邦はそういう臭いをあえて消そうとしていることが見て取れた。

 いつからなのだろう、とラティファは思う。

 ロシアからの要求が上がった時か、内戦が始まった時か、それともこのコロニーがジムリアー連邦になった時か。

 初めからそうだったわけではないと思う。きっと、このコロニーにも希望が、ロシアからの希望があった頃が。それに答えようとしていた頃があった、その筈だ。

「内戦は、ロシアの分割という形で決着した。政府側が東欧ロシア、反政府側が人民連邦。分割の流れを知っていたコロニー側は、それよりも早く独立した」

「どうしてだ?」

「単純な話、当時のロシアはコロニー建造の際に大量に発行した国債を償還しきっていなかった。よーするに借金が残ってたんだよ。先に独立することによって、残った最後のロシアになれば、国債を償還する必要があるしな」

 地図上の、ある一点が光った。

 それは太平洋上に存在する孤島を示している。

「その島は、元々とある小国の領土だった。大した数の住民が居るわけでもなければ、何か特産物があるわけでもない。ジムリアー連邦はその島を買い取った。そして、その島が、今現在のジムリアー連邦が所有する領土の全てだ」

 ラティファは首を傾げる。

「コロニーは領土にならないのか?」

「コロニーは建造物だからな……つっても、陸知らずには実感しづらいだろうが」

 陸知らず――コロニーで生まれて、地球に行ったことがない人間のことだ。宇宙生活者の若年層には、陸知らずが少なくなく、ラティファ自身も陸知らずである。

 建造物でない大地というものに立った事がない。

「国家の成立には、国民、領土、主権の三つが必要だ。その領土を得るために、以前から零Gマテリアルを輸出していた国から、島を一つ買ったのさ。今は租税回避地タックス・ヘイブンとして使われてるらしい。同時に、取引のある複数の国から、国家承認を取り付けて、ジムリアー連邦は独立した」

 崇仁のアバターがそう言うと、空中に一枚の紙片が浮かぶ。

「ジムリアー連邦の一方的独立宣言に対する異議?」

「独立宣言に対して国際司法裁判所(ICJ)に対して申し立てられたのが、それだ。一応残っていたロシアが出したもので、今は東欧ロシアと人民連邦が引き継ぐ形になってる」

「何故、その二つの国引き継いでるんだ?」

「単純な話、今現在の東欧ロシアにも人民連邦にもコロニーを新しく作る力がないからだな。さっきも言った通り、コロニーを持てば自動的に資源産出国になれる。今も争い続けている東欧ロシアと人民連邦としてはそのアドバンテージは喉から手が出るほど欲しいし、相手に渡すわけにもいかない」

「今も争っているのか? 東欧ロシアと、人民連邦は」

 先の崇仁の話からすると、領土分割によって内戦は終わったはずだ。それでも、闘う理由があるというのだろうか。

「成立からして仲が良くなるわけがない。ちまちま牽制しあって、あわよくば併合しようとしてるっていうのが、両国の関係だ。国境線には、朝鮮半島の分割線と大差ないレベルの警備が置かれてる」

「そこはそこで大変なのか」

「二〇世紀の半ばからずっと休戦状態だ、まぁロシアの方も似たようなもんだが。歴史的に見ても、近い国同士ってのは仲が良くならないもんだし、仕方ねぇ」

「なんで駄目なんだ?」

「距離的に隣で、中が良いようだったら初めから同国になってるんだよ。後々分割された場合なんかでも、遺恨はある」

「それはそうだな」

 近くにあって、別の国になる程度には仲が悪い、或いは悪くなった。それが良い事なのか悪い事なのかは、ラティファには分からなかった。

「それでも一応は分割直後は、ある程度の落ち着きはあった。対立が再び激化するのはある事件が起こったのが契機だ」

 巨大な建造物の立体モデルが浮かぶ。それは一棟の建造物ではなく、幾つかの建造物の連なりによって完成する施設だ。本来は巨大な施設なのだろうが、ホテルの一室に浮いている様は、まるで精巧なミニチュアのようだ。

 その施設の中で目を引くのは、巨大な球形と、それを収めるような形の建造物だ。一つではなく、複数のそれがセットになって、施設の中にある。

「黒い雪事件」

「それは……」

 検索の最中に、キーワードとして上がっていた。

「ああ、人類初の核テロ事件だ。恐らくはな」

 黒い雪事件に関係する人物のデータ、被害規模、事件自体のニュース記事などが、施設モデルの周辺にポップアップする。

「東欧ロシア領内の、原子力発電所が爆発した。人口が少ない地域に建設されていたとはいえ、それで結構な数の死人が出ることになった。村が一つ、汚染された黒い雪に染まった所為で、黒い雪事件と呼ばれることになるわけだ」

 言い終わると同時に、部屋内に黒い綿が降り始める。ゆったりとした速度のそれは、雨のように降ってくるのではなく、妖精が階段を降りてきているかのようだ。

「これは……」

「コロニー育ちじゃ見たこともなくて当然か。雨はともかく、雪は降らすメリットが有るわけじゃないからな」

「これが雪、なのか……」

「本物は白いがな。それが黒いからこそ、黒い雪事件なんて名前で呼ばれてるわけだ」

 降りてくる雪を、ラティファは軽く掴んだ。立体映像ではあるが、電脳に働きかけて見せられている映像である以上、電脳経由で触覚などを生み出すことも可能だ。

 ラティファの掌にのった瞬間、雪はほろりと崩れた。あとに残るのは、僅かな掌の冷えだけだ。

 ラティファが掌を見た頃には、雪は止んでいた。

「当初は核施設の事故だと思われたそれだが、東欧ロシアの公式見解は、違った。これはテロリストによる核攻撃だ、そう発表したのさ」

「核攻撃か……」

 ラティファはぼんやりとそう口にする。

 隔壁が破壊されてしまえば同じな以上、コロニーでは核も通常の高性能爆薬もそれほどの差がない。そして宇宙空間の機動戦においては、爆風が発生しない都合上、爆発物の有効性はそれほどでも無い。

 ――騒ぎ立てるようなことなのか?

 故に、ラティファはそう思ってしまう。

「まぁ、お前らにとっちゃ、核に特別の何かは無いだろうな」

「よく分からないんだが、仮にテロリストによる攻撃だとして、なんで政治的中枢部などではなく、発電施設を狙ったんだ?」

「経済的な理由だ」

「……どういうことだ?」

「東欧ロシアでは、原子力発電所で作った電力を輸出してるんだよ。二一世紀初めに起こった原発事故以降、自国内で原子力発電所を稼働させようって国は減った。その所為で天然ウランの価値は暴落、まぁそれがロシアにとっても痛手になって、疲弊の一因になったわけだ。そして、急に原子力発電をやめようなんて言った所で、簡単に代わりが見つかるわけじゃない。だから、代替エネルギーをうまいとこ見つけられなかった先進国の一部は、他国から電力を輸入することにしたのさ」

 コロニーでは、エネルギー問題に敏感になることはない。

 コロニーとはそれ自体が大規模な太陽光、及び太陽熱による発電プラントでもあるからだ。例外は今回の事件のように、発電プラント部分に損傷があったりする場合ぐらいだ。ジムリアー連邦の発電プラント部分の補修は、現在も進められている。早急に。

「これに目をつけて、幾つかの何も売るものの無い国が、安くなった天然ウランを買って、原子力発電を始めたのさ。東欧ロシアも、安くしか売れなくなった天然ウランを自分の所で使い始めたってわけさ」

「なるほど。それなら、テロの標的になったことも頷ける」

「まぁ、本当にこれが核テロだったのかは分からないんだがな」

「は?」

 ラティファは首を傾げる。今までの話の流れは、明確にテロリストによる核攻撃であることを示していたはずだ。

 崇仁のアバターは首を大きく横に振る。

「言っただろう、核攻撃だっていうのは、東欧ロシア側の見解でしか無いってな」

「だが、公式に発表したということは、何かしらの根拠があってのことなのだろう?」

 ――そうでなくては、ただの暴挙も良い所だ。

「あった、と東欧ロシアでは言っている。だが、それは東欧ロシアの外には漏れて来なかった。そういう意味では、あれが本当に核攻撃だったのか、それとも事故が起こったが国内の原子力発電を止めるわけにはいかないから核攻撃に見せかけたのかは、結局謎のままなのさ」

「無茶苦茶じゃないか」

「道理をすっこませれば、無理は通るのさ。そして、核攻撃の主犯として、暗に人民連邦が居ることを東欧ロシアは示唆したのさ」

「なるほど、それは争うきっかけにもなるだろうな」

 きっかけは東欧ロシアなのか、人民連邦なのか。どちらでも同じ事だ。

「その頃、独立前のジムリアー連邦でも動きがあった。正確には、PMCボリショイ・シチートでな」

「独立阻止、か」

 ラティファは呟く。

 リチャードが言っていた。PMCボリショイ・シチートはロシアからコロニー占拠と独立阻止のための武力行使を依頼されたと。そして、その依頼を受けなかったのだ、と。

「その事は知ってるのか」

「リチャードに聞いたよ。それがきっかけで、ニコライ・レザノフが、PMCボリショイ・シチートから出ていったということも」

「ほう、今回の件といい、存外まじめにリサーチをしているんだな」

「気になったからやっているだけだ」

「まぁ、いい心がけだと言っておいてやるよ。だが、これで大体分かっただろ? ジムリアー連邦が、どうしてこんな目にあってるのかがな」

 そう言うと、崇仁のアバターは、出していた立体映像を消した。

「ああ、東欧ロシアにしろ、人民連邦にしろ、ジムリアー連邦は喉から手が出るほど欲しいし、独立したことについて異議がある」

「加えて、実は他の国からも狙われる理由がある」

「どういうことだ?」

「独立コロニーという存在そのものが、問題だっていうことさ。コロニーを管理する側からしてみればな。零Gマテリアルを生むコロニーは、手放したくない。独立コロニーなんてものにあてられて、自分も独立なんてことになったら困るのさ」

 そうならないための、本国のカリカチュアなのだろう、とラティファは思う。自国民であるという意識付けがあれば、例えラグランジュ・ポイントほどの距離があろうと、心を繋ぎ止められるだろうと思っているのだ。

「お前は、どうなんだ?」

「あ?」

 ラティファの問いに、崇仁のアバターが首を捻った。

「お前は、独立コロニーの存在について、思うところはあるのか? お前だって、自分の国がある人間なんだろう?」

 私と違って、という言葉を、ラティファは発しなかった。

 恨み言ではなく、純粋な疑問として受け取ってもらいたかったからだ。ラティファは自分の国を持っていないが、その事について思うところはない。無いものについて、考えることは出来ない。

「さて、どうだろうな」

「どうだろう、とは?」

「俺にも分からねぇってことだよ。俺の国籍は日本で、常用してるのも日本語だ、家があるのも日本籍のコロニーだし、結構な頻度で本国にも行ってる」

「それなら当然、何か思うところがあってもいいんじゃないのか?」

 ラティファにはそうとしか考えられなかった。それだけ自分の国というものに触れているのだから。

「それは確かに、全く思うところがないってわけじゃねぇ。だが、それほど強く意識があるってわけでもない。何というか、あって当たり前のものなんだよ。例えて言うとだな――」

 言いながら、崇仁のアバターは辺りを見回す。あるのは普通の、ホテルの一室。それだけだ。

「ここはコロニーの中だ。と言うことは、当然宇宙空間に作られた建造物の中に居るってことだ」

「まぁ、そうだな」

「つまり、本来は何もないところに建物を作って、空気を入れて、人間が居るってことになるわけだ。それは相当不自然なことなわけだが、俺達はそんなことを呼吸するごとに意識なんかしていない、つまりはそういう事だ」

「なるほど」

 つまりは、空気のようなもの、ということなのだろうか。エアの重要さは、身にしみてわかっている。しかし、それを意識するのはエーテルギアに乗っている時や、輸送船に乗っている時だけだ。コロニー内に居るときは決して意識しない。

「満たされている時、人間はそれが重要なものであることや、今現在満たされているということに気付けないのだろうか」

「そんなもんだ。自分が生きていることに感謝しろ、なんて言われた所で、そりゃ無理だしな。恵まれているものが恵まれていることに気付くことは難しいよ。恵まれていたことに気付くのは簡単なんだがな」

 そう、崇仁のアバターは吐き捨てるように言った。

 その通りなのだろう、とラティファは思う。失えば、誰だって失ってしまったものの大きさを気付くことが出来る。

 生まれた虚空が、大きさを証明してくれる。

「全ては失われたもののため、か」

 取り戻すためではないということが、ラティファには気にかかった。

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