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ゴースト・18

 ホテルの一室。その中空に、幾つものパネルが浮かんでいる。パネル群の中央には、ベッドに腰掛けたラティファの姿があった。

 パネルは全て、ラティファの電脳上に蓄積されたデータだ。

 前回の戦闘の映像データ。前々回の戦闘の映像データ。戦況情報。尊側の戦況データ。グラビーチェリの構成員の情報。

 それら全てを、分析していく。ラティファはそういった情報処理は苦手だ。それでも、先の戦闘から数日間、何度もこうして検討している。

 そうしなければならない気がしてならなかったからだ。

 いや、そうしなければ、分からない気がしたからだ。

 ――ニコライ・レザノフ。

 あの男の言葉が、思い出される。

 全ては失われたもののためだ。

 何故、あの男はこんな襲撃の仕方をするのか。何故、あの男はこんな襲撃を続けているのか。それらすべての答えがそこにあるのか。

 それらを知らなくてはならない。いや、違う――

「知りたいんだ、私が」

 そう、零す。

 何のために戦うのか、何故戦うのか。そこに確固たるものがある存在に、ラティファは惹かれる。

 戦闘という、本質的には避けるべき行動。戦場という避けるべき鉄火場。そこにあえて足を踏み入れるに足る理由。

 ただ、そこが好きだからとか、生きていくためにはそうせざるをえなかったからとか、そんなものではない、確たるもの。

 それはとても美しいものなのだと、ラティファには思える。研ぎ澄まされた刃のように、あるいは枝と葉を大きく広げた雄大なる大樹のように。

 そして、それがあるものは強い。負けてはならない理由を自分の内側以外にも持つことになるからだ。

 勝とうと思うならば、それが何に由来するのか、知らなければならない。ラティファはそう考えている。

 そう考えて、情報を見ているのだが――

「分からん」

 ため息を吐く。

 今までのデータを纏めたりバラしたりしてみても、本質の部分にはまるで触れていないという気がする。むしろ、水を網で掬うがごとく、掬おうとする端から零れていってしまう感触すら有る。

 まるで無駄なのだ。

 それは、自分の愚かさが原因なのだろうか? とラティファは思う。自分以外の人物――例えば、魔術師ウィザード級のハッカーであり情報解析のプロフェッショナルでもあるカトレアや、この仕事に就いてからが長いワイズマンなら、わかってしまうことなのだろうか。

 それとも、彼等でも現状では不可能であろうか。

 足りないのはラティファの知恵か、情報か。

「どちらにしてもやることは同じか」

 仮に前者だとしても、ラティファはラティファ・ユーテンシルでしか無く、アーデルベルト・ワイズマンにもカトレア・カトレットにもなれない。

 ならば、後者――情報が不足しているのであると仮定して今後の行動方針を決めるべきだろう。仮に前者だったとしても、情報が増えれば結果として答えに近づくことが出来る。

 さて、では足りていない情報とはなんなのだろうか。

 今まで集めてきた情報を、もう一度洗いなおす。そして、その中で足りないと思う部分を見つける。

 根気のいる作業だ。刹那の内に命のやり取りをする戦闘とは、全く別の精神の使い方をしなくてはならない。

 そうして情報を洗っていく中で、どうしても分からないことを見つけた。

 引っかかったのは、犯行声明だった。


 我々はグラビーチェリ。

 ジムリアーの独立に異を唱える者であり。

 ジムリアーをロシアに返す者である。


 何故、ジムリアー連邦の独立は異を唱えられなければならなかったのか。何故、グラビーチェリはロシアにジムリアー連邦を返そうとするのか。

 犯行声明を読んでも、その辺りが分からない。

「そうか」

 自分は、ジムリアー連邦の事を知らないのだ。そう、ラティファは理解する。

 元はロシアが作った、ロシア籍のコロニーだったらしいということは知っている。そして、ロシアという国が、今は分断されていることも。

 しかし、それだけでは圧倒的に足りない。

 今そうなっていることだけではなく、何故そうなってしまったのか。そちらをこそ、知らなければならないのだ。

 そうでなくては、結果が生まれる過程でどのような感情が流れたのかが分からない。感情の流れが分かれば、色々と見えてくるものもある……かもしれない。

 ――と、言っていたのはワイズマンだったか。

 ワイズマンならば、それも可能なのだろう。ワイズマンならぬラティファでも、ある程度それにあやかることは出来るかもしれない。

 そうと決まれば、動くのは早い方が良い。先まで中空に展開していたパネルを全て消し、電脳をネットに接続する。

 電脳のネット接続は、現在では基本的な人権の一つ――情報へのアクセス権として認められつつ有る。

 アクセス。カトレアの様に、自分から情報の海へ潜っていくのではなく、キーワードから情報を手繰り寄せていく。

 ジムリアー連邦。独立。ロシア。

 キーワードからキーワードを手繰り寄せて、あらたなる情報へ繋げていく。

 東欧ロシア。人民連邦。第一次領土確定協定。黒い雪事件。

 キーワードから集まった情報を、精読する。情報はテキスト形式、映像形式、音声形式、純情報形式と、様々な形式の情報があるが、それらを全て情報として認識して処理する。

 しかし、情報は情報だ。バラバラのそれを精読しても、何か見えてくるものがあるわけでもない。

 どうにも、よく分からない。情報が、脳を滑っていくような感覚だけがある。染み入ってこないのだ。

 まともに勉学をした経験がない所為か、どうにも教養を得るという行為それ自体が苦手なのかもしれない、とラティファは思う。

 ふと、通信が有ることに気付く。相手は三条 崇仁。

 通信を許可すると、ベッド脇のテーブルに崇仁の姿を二頭身にディフォルメしたアバターが現れる。物理的な現象ではなく、そうであるようにラティファの電脳がラティファに見せている、ということであるが。

「なんのようだ」

「いや、大した用じゃないが、ログインしてるようだったからな」

 ラティファの問いに、崇仁はそう答えた。

「つまり、暇だったのか」

「まぁ、そういう事になるな」

 ならばちょうどいい。

「時間があるのなら、ちょうどいい。聞きたいことがあったんだ。いや、出来たというべきか」

「ほう、一体なんだ」

 尊大そうな表情で、崇仁のアバターがあぐらをかく。二頭身でやっている所為もあって、どことなく滑稽だ。

「ジムリアー連邦独立に関して知りたい。独立の経緯や、その間起こった摩擦やら何やらに関して」

 それを聞いた崇仁のアバターが、見るからにうんざりといった表情を浮かべた。

「ああ? なんで今さらそんな事を? だいたいそんなんは義務教育かなんかで習ってるはずだろうが」

「私にそんな学はないよ。もしかしたら教育を受けていたこともかつてあったのかもしれないが」

「あー、そういえば、お前そうだったな」

「ネットでも調べてみたんだが、今ひとつしっくり来なかっのでな。人の口から聞けば分かることもあるかもしれない」

「何で、そんな事を知る必要がある?」

「……知らなければ、あの男の強さがわからない。それではあの男に勝てない気がする。それに――」

「それに?」

「あの、強い男の戦う理由を、私が知りたい。そのためには、このジムリアー連邦がどうして出来たのか。何故、それに異を唱えられなければならないのかを知らなくてはいけないと思うんだ」

 崇仁のアバターはそれを聞いて、一度黙った。

 ――無理なら無理で仕方がないが……

 その場合は、もう一度情報の海で漁をすることになるだろう。効率がいいとは言えないが、何かしら引っかかりはするだろう。

「いいだろう」

 崇仁のアバターが顔を上げた。

「俺が簡単に、ジムリアー連邦の成り立ちを教えてやる。まぁ、簡単にだが」

「すまないな」

 そう言って、ラティファは崇仁のアバターに頭を下げた。自分は足りないことばかりだ。他人に頼らなくてはいけないことが多すぎる。

「なに、教えるのはそれなりに得意だ。昔、家庭教師のバイトをしていたこともある」

「おっと、それは意外だな」

 三条 崇仁は三条重工創業者の直系にあたる。アルバイトをするようなイメージは、ラティファにはあまりない。

「俺にも色々と思うところがあるってことだ。まぁ、バイト自体は生徒の餓鬼に腹が立ってぶん殴った所為で、三日ももたなかったんだがな」

「……私はお前に頼んで大丈夫だったのか?」

 思わず半目になるラティファをよそに、崇仁のアバターはプロジェクターにも似たパネルを展開した。

「さて、それじゃあ授業を始めるか」

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