ゴースト・17
ガブリールがニコライに命じられたのは、足止めである。
しかし、出来るなら撃墜してしまったほうが良いに決まっている。ニコライは出来るかどうか分からないことは命じない。だから、撃墜しろとは言わなかっただけのことだ。
だが、言われたことだけをこなしていて、それでいいというのは間違っているとガブリールは考える。
そんなのは温い奴らの考えだ。自分は違う。
与えられた状況で、最良の結果を目指す。いや、最良の結果をもぎ取ろうとしなくてはならない。
だから――
「ブッ殺してやんよ。PMCのエーテルギアドライバー」
己の機体――メチェーリの中で、犬歯を剥き出しにした。
スラスターを起動。機体背後に向けて、粒子を吐き出す。背後から見る人間が居たならば、連続して爆発が起こり、それが移動しているように見えたことだろう。
宙域を、メチェーリが飛ぶ。それに遅れて、サスーリカが続く。
敵エーテルギアは既にジマーから送られている。高機動射撃戦闘型。気を抜けない相手だが、ニコライの駆るジマー程恐ろしい相手ではない。
シミュレーター上で、ガブリールが最も多く戦った相手はニコライの駆るジマーだ。勝った経験は殆ど無いものの、ニコライと戦闘を続けた経験は、ガブリールにとって大きいものとなっている。
メチェーリのセンサーが、プラズマ弾の発生を捉える。ガブリールは電脳に入ってきたその情報を元に回避行動を取る。そうしながらも、敵機への近接は止めない。
メチェーリのメインアームはミサイル。大気圏内では遠くまで届く槍であるミサイルも、異常な高機動を誇るエーテルギア同士の機動戦ではナイフにならざるを得ない。故に、近接を止めることは出来ない。
背面で、別のプラズマ弾の発生を感知。これはメチェーリを追うように着いてきている、サスーリカによるものだ。
サスーリカの装備しているロングレンジ・プラズマガンは、非常に長大である。それをエーテルギアが構える姿は、人間がアンチマテリアルライフルを構えるそれのようだ。
長大さに見合う威力と射程を持ち、サスーリカを駆るアーニャはそれを十二分に活かす射撃能力を持っている。生身でもエーテルギアでも、ガブリールはアーニャが静止目標を狙って外すのを見たことがない。
サスーリカが放ったプラズマは一瞬でメチェーリを追い抜いていく。敵もそれを回避したようだが、それはそれで構わない。そうやって牽制を放ち合いながら、必殺の一撃を叩き込むのがエーテルギア戦闘というものだ。
射撃の精密さは、敵よりもアーニャのほうが上だ。その分、ガブリールは自由に動ける。
一気に距離を詰める。光学センサーで敵を捉えると同時に、ガブリールはメチェーリの背部のウェポンラックを開放した。
そこから出てくるのは、複数の六角形を束ねて作ったようなユニットである。ユニットを零しながら、メチェーリは敵機に接近する。
零されたユニットは、ある程度の時間を空けた後、六角形の一つ一つが蓋を開く。その中に詰まっているのは、マイクロミサイルだ。メチェーリに搭載されているのは、散布型のマイクロミサイル搭載ユニット、ミサイルハイブなのだ。
蜂の巣箱の名のとおり、ユニットから解放された莫大な量のマイクロミサイルは拡散し、後敵機に向かって飛んでいく。吹雪にも似た、連続したマイクロミサイルの嵐だ。
敵もそれに気付いたのか、二つ目、三つ目のミサイルハイブを狙い、プラズマ流を放ったようだ。マイクロミサイル放出前のミサイルハイブは、プラズマ流に飲まれた瞬間、爆裂してプラズマを吹き飛ばしながら消滅する。
敵機がそうしている間も、メチェーリはミサイルハイブを吐き出しつつ接近する。敵機はハイブの処理をしつつ、発射されてしまったミサイルの回避もしなければならない。マイクロミサイルはエーテルギアに比べて低速であるし、直接当たらなければ炸裂しないが、当たれば火力は十分だ。
さらに、後方からのプラズマ流が飛んで来る。サスーリカからの援護射撃である。
回避とミサイルへの対処へ手いっぱいの敵機へとメチェーリは近接する。
「おいおい、そんなんで大丈夫なのかよぉ?」
右足の欠けた敵機を補足し、メチェーリは右腕を振りかぶる。その下腕部には、大型の電磁杭打ち機が装備されている。エーテルギアの速度で当たれば、エーテルによる防護など一撃で貫いてしまう威力がある。
「とったぜ!」
最後のハイブを撃ち落としたばかりで、体勢が整っていない敵機へと右腕が突き立てられんとする。
「糞餓鬼が、調子に乗りやがって」
開放回線での通信。敵機からのものだ。
同時、敵機が動く。左腕だけの動き。もっているロングレンジ・ビームガンを投げ捨てる動きだ。
「何!」
杭打ち機ではなく、メチェーリの右拳にビームガンが激突。衝撃で外側に拳が弾かれる。次に来たのは、敵機そのものだった。
左肩から、体ごとぶつかって来る。
「畜生!」
右手の戻しは間に合わない。
悪態を吐きながら、ガブリールはアライメントチューナーを稼働させ、機体前面のエーテルを防護用に書き換える。
それによって、敵機の突撃が逸れる。メチェーリから見て、左側へ。初めからそのように歪曲していたコースをたどるジェットコースターのように。
――糞ッ!
ガブリールは心中で罵る。利用された。このメチェーりの防御を利用した軌道変更が無ければ、アーニャは恐らく敵機を撃ち抜いている。
「おっと、思ったよりはやるか」
敵機のドライバーが言う。その声には余裕が滲んでいる。二対一、しかも自機はダメージを受けているという状況下で、だ。
「おっさんこそなぁ!」
本当に余裕が有るのか、或いはイカレてるのか。
どっちでも良い。ミサイルハイブを放出しながら、ガブリールはそう思う。どっちだとしても、死ねば同じことだ。
そうだ、邪魔するなら全てを殺さなければならない。それ以外に何もやれることなどないのだから。
マイクロミサイルと共に、敵に突撃する。マイクロミサイルの追尾性は相当に高い。ハイブの外に出てさえしまえば、数の多さと相まって、対処は難しい。
その上、敵は片方の武器を手放している。
「いつまで耐えてられるてんだ?」
敵は高速機動による回避へと、行動を切り替えた。大型のスラスターから粒子を大量に吐き出しての、ジマーと同系の機動だ。急速すぎる機体速度の変化にメチェーリのセンサーが対応しきれず、一瞬ガブリールの視界から敵機が消える。
次に補足したときは、敵はメチェーリの左方に大きく離れていた。即座に、マイクロミサイル群はそれを追う。
低速であるがゆえに、ミサイルは戦場に残り続ける。
こうして、敵機の動きを能動的に制限するのが、メチェーリの戦術である。単機であっても有効だが、それ以上に複数の機体での戦闘で効果を上げる。
ミサイルは各自が干渉しあわないように、大きく拡散する。さらにメチェーリがミサイルハイブを射出する。
そうやって敵の動きを制限したところに、後方からの狙撃が突き刺さる。プラズマ流が、敵機の左腕を飲み込んだ。失われた左腕からは火花と紫電が舞っている。
「ざまぁねぇなあ、おっさん!」
ガブリールはその隙を狙って、突撃した。ミサイルを置き去りにしての、高速機動だ。左腕を振り上げて、突出する。左腕の下腕部にも、電磁式杭打ち機は装備されている。電磁杭打ち機は装甲を撃ち抜くだけではなく、激発の衝撃を機体内部に直接通す効果もある。拳法の発勁と同じく、柔らかい内部や電装系をズタズタにする事が出来るのだ。
「どっちがだよ」
敵機が消える。
「あ!?」
――反応出来なかったんじゃない、そう見せたフェイクか!
上方に敵機を捕捉、その瞬間に再度敵が消失。今度は左上方、そしてまた消える。敵の姿を捉えようとして、メチェーリのセンサーが、ガブリールの神経が走る。
敵機のドライバーは、こちらのセンサーが追いついていかない事を知っているのだ。だから、こんな急加速と急停止を繰り返す機動を行って、加速度の変化でセンサーを騙している。
後方。敵が右腕のロングレンジ・ビームガンをメチェーリに突きつけている。その銃口に光が生まれる。
「糞が!」
ミサイルハイブを射出/高速展開。玩具箱をひっくり返したかのような数のマイクロミサイルが舞う。この近距離では、自らも巻き込む可能性がある。しかし、そんな事を行っている場合ではない。
「諸共に焼けちまえよ!」
「誰がお前と心中なぞするか!」
敵機が一歩引く。ミサイルが溢れる、群がる。鯉の群れに餌を投げ込んだかのように。敵機がトリガーを弾こうとする。
敵機とメチェーリの合間。
プラズマ流が走った。
サスーリカの狙撃だ。
それが群れの様に連なっていたミサイルを射ぬく。二機の合間を通る筈だったプラズマが爆裂し、二機に襲いかかる。まるで、高熱の油に異物が入ったかのごとく。
破壊力を持った光が、跳ねる。その一つ一つがメチェーリの基体表面に当たるたびに、また弾ける。弾けるたびに、表面装甲が火に炙られた植物のように剥がれていく。
「く――」
一つ一つは微細な損傷だが、連続しては問題だ。何とかして距離を離して――
そうガブリールが考えた時だった。時間が来たのは。
足止めの期限。後は撤退しなければならない時間を、電脳が告げる。
「糞ッ!」
ガブリールは気を吐く。
どちらかと言えば負けに近い内容。ここでこいつは叩き潰してしまいたい。腸が煮えくり返りそうだ。
しかし、ニコライが命じたのは足止めだ。その目的はきちんと果たしている。ニコライに逆らうつもりはない。
アーニャからも通信があった。もっとも、内容は何もない。ただ、撤退を促すためだけのものだ。こんな事をしている以上、アーニャも撤退に入っていることだろう。
ガブリールは、ち、と舌を打った。
「覚えてろよ、おっさん!」
そう吐き捨てると、残ったミサイルハイブを全て射出。メチェーリは戦域から離脱した。機動性では向こうに部が有るとはいえ、ミサイルを煙幕替わりにすれば逃げ切れる。
――糞!
そうして敵機を置き去りにしながら、メチェーリの内部でガブリールは歯を噛んだ。
殺す気でいって、ただの時間稼ぎ。それも、こちらのダメージのほうが大きいという結果。あまりに情けない。
「ブッ殺してやる」
熱を持った息が口から漏れる。
「次こそブッ殺してやるよ! 糞野郎が!」
拳をコンソールに打ち付けた。




