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ゴースト・16

 ジムリアーから程近い宙域。二機のエーテルギアが並んで宇宙を飛ぶ。

 ラティファが駆る、黒銀色メタルカラーのエーテルギア・ウェアウルフ。

 リチャードが駆る、暗青色ダークブルーのエーテルギア・エンフィールド。

 ――結局、出せるのは二機だけか。

 崇仁からの情報を受けた、ライブラ・セキュリティ・コントラクトとPMCボリショイ・シチートが、即座に出せたエーテルギアの数がそれだった。

 数を揃えるのがPMCボリショイ・シチートの目標だった。それは現在、完全に破綻してしまっている。

 それでも、エーテルギアが二機というのは作戦の遂行に十分な数だ。相手が、ニコライ・レザノフの駆るジマーでなければ。

 崇仁から送られてきた情報から推測するに、ジマーが来るまでそうそう時間は無い。エンフィールドが停止し、ラティファもそれに倣ってウェアウルフを止める。

 ウェアウルフは先の戦闘での損傷を修復し、右脚部側面ハードポイントにプラズマソード、左脚部側面ハードポイントには散弾砲ショット・キャノンを装備してある。プラズマソードは崇仁からの借り物であり、形状は両刃の長剣である。ハードポイントには鞘と共に装着してあるが、単純に納刀されているわけではない。鞘は片側――機体から見て前面が解放されており、その状態でも剣を固定するために電磁力を使用している。抜剣する際はそれを反転させることにより、磁気反発を利用した高速の斬撃を可能にする。

 そうして抜剣した実体剣に、プラズマを纏わせるのがプラズマソードである。剣であるために間合いは極端に狭いが、エーテルギアの速度と相まった斬撃と、極端に凝縮されたプラズマは、ビームガンを大きく凌ぐ威力をたたき出す。

「この宙域で、ジマーを迎え撃つ。前衛は頼んだ」

 リチャードからの通信。

「了解した。しかし、あれをどうやって止める?」

 それが問題だ。そう、ラティファは考える。あの速度と打撃力は、まともに対応するには厳しい。ウェアウルフにとって、特にそれは顕著だ。ラティファとウェアウルフという戦闘単位は、速度で相手を圧倒することを前提として組み立てられている。ジマーに対してはそれが成り立たない。一時的に最大速度や旋回性能で上回ることが可能でも、圧倒するには至らない。その程度のアドバンテージでは、ラティファとニコライの技量差を埋めることは出来ないのだ。

「エンフィールドには切り札がある。それを上手く切るぐらい、引き付けてくれればいい。それまでは援護射撃に回る」

「切り札とは?」

「長距離砲の類だと思ってもらえばいい。当たればエーテルギアを一撃で落とせる」

 目標とするエーテルギアの仕様にもよるが、エーテルギアの装備にはエーテルギアを一撃で落とせるものは少なくない。エンフィールドが現在装備している、ロングレンジ・ビームガンも、当たり所によってはエーテルギアを落としうる。

「なら、任せる」

 そう言って、ラティファは前に出る。

 既に、ウェアウルフのレーダーで、ジマーと思われる敵機は補足している。ウェアウルフの全速力には劣るものの、速い。

 散弾砲ショット・キャノンを左腕、人喰マンイーターを右腕に構えて、飛ぶ。会敵までの時間は僅か。

 汗がスーツの下、体表を伝う感覚を、不快に思う。

 心の内側が、体の外に漏れ出しているような気がする。自分の汚い部分を晒してしまっているような気がする。

 誰が見ているというわけでもないのに、そんな事が不快で仕方が無い。この汗が恐怖によるものだったら、こんな事を思いはしないのだろう。

 飛びながら、会敵には早いが、散弾砲ショット・キャノンを撃つ。ダメージというよりは、妨害を狙った行動。

 続けて、二発、三発。

 電脳上に送られてくるデータでは、ジマーは進路を変えていない。分散しているとは言え、砲弾は当たっているはずだ。エーテルによる防御をあまり行っていなかったことを考えると、装甲と速度で砲弾を弾き飛ばしているということなのだろう。

 どうする――?

「仕方が無い」

 散弾砲ショット・キャノンをハードポイントに装備し、アライメントチューナーを起動。弾かれたかのような急加速。

 巨人によってシートに押し付けられるような感覚をラティファは得る。機体から、身体へと感覚がずれる。

 加速してすぐに、ラティファはジマーの、紅に染まった姿を光学センサーから送られてくる情報で確認する。多少は、装甲にひっかき傷のような損傷が見られるが、この程度ではなんということもないだろう。

 会敵までの時間は残り僅か。

 人喰マンイーターに砲弾を吐き出させながら、左腕を右脚部へと伸ばさせる。

 ジマーの姿が急速に大きくなる。その両腕は、大きくエーテルハンマーを振りかぶっていた。

 今にも衝突する、という寸前。

 ウェアウルフが抜剣する。プラズマソードが電磁反発で急加速しつつ、紫電を発生。蛇のように飛び掛かる。

「喰らえ!」ラティファが咆哮する。

 ジマーがエーテルハンマーを振るう。氾濫する大河の如く、進行上の全てを薙ぎ払う。

 交錯。

 二つの武器が衝突し、速度と質量がぶつかり合い、火花が散る。

「軽いな」開放回線オープンチャンネルがジマー=ニコライの呟きを拾う。

 みしり、という音をラティファは聞いた気がした。

 ウェアウルフの関節が悲鳴を上げ、プラズマソードに罅が入る。対してエーテルハンマーは無傷。ウェアウルフが押される、否、弾かれる。

 ――やはり駄目か!

 冷汗を掻きながら、ラティファは突風のような衝撃に耐える。

 ウェアウルフが後方に飛ばされ、ジマーが止まる。早急に機体を建てなおさないと、追撃が来る。

 ジマーがエーテルハンマーを冗談に振りかぶる。

 その動きが止まった。急速にジマーが下がり、ジマーが一秒前に存在した空間を雷光――プラズマ流が走る。

「……リチャードか」

「お前の好きにはさせてやれない」

 通信越しに、リチャードの声。

 遠距離であるにも関わらず、正確な狙撃。これで形勢は大分変わった。二射目が空を走り、ジマーがそれを避ける。

 ラティファは狙撃に合わせ、装備を人喰マンイーター散弾砲ショット・キャノンに変更。ある程度の距離を保って射撃戦を行う。

 ウェアウルフは宇宙空間を三次元的に細かく動き、有利な位置を取ろうとしあう。ジマーはその速度による打撃を武器としているためか、射撃武器が極端に少ないようだ。人間で言う鎖骨の辺りに、申し訳程度に軽機関砲ライトマシン・キャノンが装備されているが、エーテルギア戦闘ではそれほど役に立つものではない。

 エーテルギアに手が付いているのは、ドライバーによる電脳操作であることの他に、可動範囲が大きく、高速で三次元機動を行うエーテルギアを狙いやすいという理由もある。胴体部などに付けられている火砲は、機動戦闘以外の用途で用いるしか無い。

 だからと言って、油断は出来ない。

 ラティファの冷汗は止まっていない。

 ジマーは接近戦を狙ってくる。それを上手く拒否し続けなければならない。エンフィールドによる援護が有るとは言え、一度でもミスが有ればそのまま粉砕される。

 しかし、それはジマーも同じの筈だ。人喰マンイーターの砲弾や、エンフィールドのビームガンを受ければ、足が止まる。足が止まってしまえば、そのまま連続で射撃を受けて落ちることになる。

 そんな状況で、ニコライはジマーを速く、正確に、無駄なく動かすことで乗り越えている。両脚部の操作によるスラスター偏向という、理屈は単純だが実現には途方も無い労力を要する技術によって。

 頭上を通りすぎて、ウェアウルフ後方に飛んだジマーを、宙返りするような機動で補足、射撃後に移動。

 ジマーは砲弾を回避し、ウェアウルフを追う、と思えば急に停止。その瞬間、ジマーが通るはずだった位置をプラズマが駆ける。それを確認すること無く、ジマーは飛ぶ。

 戦場はウェアウルフ、ジマー、エンフィールドの三機が織り成すダンスの様相を呈していた。ただのダンスではない、踊り疲れたものが死ぬダンスだ。

 宇宙空間ダンスホールをウェアウルフは駆けまわる。

 右からの突撃を後方に下がりながら回避し、人喰マンイーターによる砲撃を行いながら背後を取ろうと回りこんだところ、ジマーはさらに速く、鋭く回りこみながらエンフィールドの狙撃を回避しつつウェアウルフの側面/背面へ。アライメントチューナー起動、ウェアウルフ周辺のエーテルを変動させて、独楽のように回転しつつ散弾砲ショット・キャノンで射撃――

 終わる気配もなければ、ジマーを止められる気もしない。ラティファの体力と精神力は、ヤスリにかけられているかのように削られていく。

「何故だ」

 思わず、口から溢れる。

「何故、お前はそこまで戦える」

 ジマーの動きは鈍らない。ラティファ以上の極限的状況に置かれているにも関わらず、である。

「何故だ!」

 吐き出す。

 身体を伝う汗は、戦闘前のものとは異なる温度をしていた。

 ラティファはニコライが怖い。

 銃で撃っても倒れぬ羆。斧をいくら叩きつけても倒れぬ巨木。消火できず、燃え広がるばかりの大火。

 そういった、手を出すべきではない物と、あの男は、あのエーテルギアは同列にある。もう、二度、三度は落とされていて良い筈だ。なのに、あの男は落ちない。

 何時まで戦い続ければいい? 此方が折れてしまうまでか? そう思わざるをえない。

「全ては失われたもののためだ」

 ニコライの声。

「失われたもの――?」

「ニコライ、お前は……」

「これ以上は、無用のことだ。リチャード」

 リチャードの言を遮りながら、ジマーは飛ぶ。

 それを、ラティファは完全にトレースしきれなかった。ウェアウルフ側の問題ではない。ラティファの疲労が原因だ。ウェアウルフからの膨大な情報供給を、ラティファの脳が処理しきれず、処理落ちが起こっている。

 ノーマルスーツの栄養補給機能が作動し、急速にブドウ糖が脳に運ばれる。脳の酷使による、急速なカロリー消費に対応するためのシステムである。

 しかし、それでは精神疲労まで回復しきれない。また、スーツに蓄えられたカロリーにも限度がある。

 僅かの遅れが致命のものになる。ジマーを一瞬見失い、再度センサーで補足。

「後ろか!」

 その位置は、ウェアウルフの背後。近接距離。エーテルハンマーを、後は打ち下ろすだけというジマーの姿がある。

 これほどまでに近接していては、エンフィールドからの援護射撃も期待できない。

「砕けろ」

「糞ッ!」

 ウェアウルフが横に回転しながら振り向く。それとは逆方向に、ジマーが回転する。

 振り向きながら、ウェアウルフは人喰マンイーターのエーテルブレードを形成する。

 槌の打突を、剣の斬撃が受けた。

 互いのエーテル干渉が激突、周囲に伝播して、空間に赤い波が広がった。

 この近接距離での旋回ならば、脚部の操作に旋回を依存しているジマーよりも、エーテル機動を行うウェアウルフの方が早い。

 剣と槌はぶつかり合ったまま、膠着する。

 ウェアウルフがアライメントチューナーを全開にし、ジマーは全てのスラスターから噴火の如き勢いでプラズマ流を吐き出させる。それでも、どちらも相手を押しきれない。

 だからと言って、互角の状況で拮抗しているわけではない。

「くぅ……!」

 ラティファが呼気を漏らした。

 頭が割れそうだ。脳の中で、針金を掻き回されているかのような感覚がある。吐き気がする。視界にブレが出てくる。

 アライメントチューナーを全力稼働させている所為で、脳に負担がかかっているのだ。ラティファのエーテル適性は常人に比べれば遥かに大きいものだが、それでも全力で使えばこうならざるをえない。

 長くはもたない。

 だが、これは好機でもある。ウェアウルフとジマーは密着状態で膠着しているのだ。

「い、今だ……」

 呟くように、通信をリチャードに飛ばす。

「言われるまでもない」

「ち……」

 突如、ウェアウルフから送られてくる反応が変化する。前方に足を滑らせるような、押してきていた物が消えたような。

 直後、光が来た。

 光によって構成される大河。いや、黄金の龍が、ウェアウルフの眼前を高速で通り抜けた。光でも龍でもない、大量かつ高速の、プラズマ流である。

 ――これが、リチャードの言っていた切り札か。

 大口径、長射程のプラズマビーム砲の類。確かに、これに飲み込まれれば、エーテルギアは一撃だろう。

 しかし、そうはならなかった。レーダーが、ジマーの健在を示している。

 光の竜が去った後、ウェアウルフの前方にはジマーの姿があった。ジマーも無傷というわけではない。右足の膝から先が消失している。プラズマ流から逃れきれなかったのだ。

 ラティファは人喰マンイーターを、ジマーに向ける。まだ戦闘は続いている。先からの疲労は残っているが、

 しかし、ジマーはそれに付き合うこと無く背を向けると、スラスターを噴かせた。逃走、いや撤退だ。

「待て!」

「いや、追うな」

 砲弾を放ちつつ、ジマーを追おうとするラティファにリチャードからの声が届く。

 ラティファにも分かっている。自分の息が荒いのも、機体ではなく生身の手に痺れがあるのも、エンフィールドの援軍が間に合わないことも。

 追ったところで、追いついたところで、ジマーを仕留め切れない。

 それでも、逃げるものを追ってしまうのは、半ば本能だ。背を向けたものは追って止めを刺さなくてはならない。

 ウェアウルフにも損傷はあるものの、敵からのコロニーに対する攻撃を防いだという意味では、勝利したと言える。

 しかし、何故かそんな気にはなれなかった。確かに、片脚を喪失したのは大きい。両脚部の操作が、ジマーの機動性の要である以上、これは片翼がもがれたに等しい。しかし、火力を喪失したわけではないし、今までの戦闘から見るに、片脚を喪失しても戦闘行動を継続する程度は、ニコライなら可能に思える。

 そうであるのに、なぜニコライは退却したのか。

 これ以上戦闘しても、ウェアウルフ、エンフィールドの二機を相手にしては勝ち目がないと読んだのか。

 あるいは、初めから本気で戦うつもりがなかったということなのか。

「……帰投の前に、三条に状況を送る」

 ジマーの目的が撤退ではなく、三条――尊への攻撃の可能性もある以上、これは当然のことだ。

「分かった、続いて私が援護に行く」

 リチャードはそう言うと、機体を走らせたようだ。

 本来ならラティファも援護に行くべきところだが、今そんな事をしても足手まといで終わる可能性もある。

「頼んだ」

 そう言って、ラティファはジマーが去っていった方を見た。

 ニコライという男が理解しきれず、寒気を覚えた。

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