ゴースト・14
三機のエーテルギア――ジマー/サスーリカ/メチェーリ。
その中の一機であるジマーの内部で、ニコライ・レザノフは電脳上で機体の状況を確認した。先の戦闘で高機動戦闘用エーテルギア――ライブラのウェアウルフから受けた損傷は、ほぼ完全に修復が終わっている。
左掌を二度、握っては開く。機体の反応も、巡航速度も問題がない。ただし、ジマーは全速を出しては居ない。全速では、後続の二機を置いて行ってしまうことになる。
――何も変わりはない。
エーテルギアの操縦にはブランクがあったが、それは身体を上手く動かすことと相似の関係性にある。シミュレーターによる訓練の持続と、実機によるある程度の慣らしで、違和は消える。
それ以外の全てのこともそうだ。一度染み付いてしまったものは、技術であれなんであれ消えることはない。薄れることはあっても、である。
後続の二機が着いてきていることを確認し、通信を入れる。二人はエーテルギアの実機を動かすのは随分と久しぶりだ。
「アーニャ、問題はないか」
アーニャ/サスーリカのドライバーからの返答はない。しかし、それは当然だ。
アーニャはかつての――PMCボリショイ・シチートとの戦闘で、重傷を頭部に負った。それは彼女の言語を司る部分を引き裂き、彼女の能力を破壊した。電脳、マイクロマシンはその能力を完全に復旧させるには至らず、彼女は発声、文字、電脳といったいかなる手段でも言葉を他人に伝えることが出来なくなった。
しかし、彼女はこちらの言葉を理解する能力までも失いはしなかった。こちらの言葉に対し、彼女は行動で、表情で返答する。
かつてに比べて、彼女はよく笑うようになった。怪我を追う以前の彼女は愛機の持つ名に相応しい、冷たい切れ味を持つ人間だった。もっとも、それは表面上のことで、彼女の切れ味が鈍ったわけではない。
彼女はこちらの問いかけに対し、無変化で返した。何も問題はないということだと、ニコライは判断する。
「ガブリールはどうだ」
「問題ねぇよ、旦那。むしろご機嫌過ぎてイッちまいそうなくらいだ」
ガブリール/メチェーリのドライバーはそう言って、呵呵と笑う。歳若い彼の、肉食動物のように犬歯を剥き出した笑みを、ニコライは幻視する。
彼はメチェーリに元から乗っていたわけではない。
メチェーリの元のドライバーは、ガブリールの父親だ。彼の父親は、私達を逃がすためにエーテルギアで殿を務めた。
戦闘が終わって後、彼は帰って来た。
もっとも死体となって、半壊したメチェーリと宇宙を漂っているところをニコライ達が発見したことを帰還と呼べるのならば、だが。
少年だったガブリールは、父の遺したエーテルギアに乗ることを決めた。その心境をニコライが推し量ることは出来ない。
ただ、ガブリールは人格、技量ともに信頼できるのは確かだ。実機を動かした経験はニコライやアーニャに比べれば微々たるものだが、やるべきことはやっている。
この三機が、グラビーチェリが有するエーテルギアの全てだ。それ以外の戦力は、ジムリアー内部に潜伏している工作員など僅かでしか無い。
それでも、一介のテロ組織としては、過剰と言ってもいい戦力と言える。エーテルギアはそういうものだ。
ただの一機で、場合によっては戦場一つを支配する戦闘機械。そんな戦闘力が必要なのだ、今回のことには。
通信がサスーリカから入る。無言、代わりに、サスーリカのモニターデータが転送される。この三機では、サスーリカが最も強力なレーダーを装備している。
データに表示されているのは、一機のエーテルギアの反応。どうやら接近してきているようだ。
「まさか、読まれていたわけではないだろうが」
ニコライは呟く。偵察に出ていたのだろうか。
「三対一だ、やっちまおうぜ旦那」
時間をかけずに、接近してくるエーテルギアを落とせるならば、それも悪くない。だが、無駄な消耗は、時間と機体の両面で避ける必要がある。
「ここでの消耗は避ける」
「でも、あいつを無視するわけにはいかねぇだろう?」
「そうだ。だから、あいつの相手はお前たちにしてもらう」
「へぇ」
ガブリールの喜を含ませた呼吸が通信越しに聞こえる。
「私が会敵から攻撃して離脱する。お前たちはその援護をしろ。ジマーが離脱したらそのまま足止め優先だ。撃墜しても構わん」
「要するに、撃墜しろって事だろ? いいねぇ、そういうの」
アーニャは何の反応もしない。つまり問題ないということだ。
「なら、一分後に突入する」
「了解了解。俺と姐さんできっちり仕留めておきますわ、ねぇ姐さん?」
アーニャは答えない。
「お前たちの目的は足止めだ、忘れるなよ」
この二人の実力ならば、一機が相手なら問題なく撃墜できるだろう。だが、それは本来の目的ではない。
「へへ、分かってますよ旦那」
「時間が来たら撤退しろ。それと、俺が居ない間はアーニャが指示を出せ……よし、時間だ」
ニコライはジマーに搭載された全てのスラスターを起動させる。機体が内側から爆発したかのように、粒子を吐き出し、それに弾かれるようにジマーは加速した。




