ゴースト・10
機械仕掛けの巨人が、ケージに拘束されている。まるで、お伽噺のガリバーのように。巨人には右腕の肘から先がない。戦闘による破損で、失われているからだ。巨人の破損部はそれだけではない、カーボンの表面装甲はそこかしこが傷つき、地金を晒している。関節部の防護は一部破れ、切り口からは機体を動かす人工筋肉である電縮性ポリマーが覗いている。
巨人の名はウェアウルフ。ラティファが駆るエーテルギアであり、ジムリアー連邦のドッグ内で修理を行なっている最中である。
ウェアウルフの周りには、機械仕掛けのアームを複数生やした球状機械――無人作業機が複数浮かんでいる。それらは巨人に張り付き、破損した装甲にアームから霧状になったカーボンパテを吹きつけ、乾燥後に均している。これにより、僅かな時間で細かい装甲の破損は補修される。
その他の細かい破損も簡単に直ってしまうが、大きな破損に関してはそうはいかない。今回であれば、大きく破壊された右腕だ。
ラティファは無重力のドッグ内を漂いながら、ウェアウルフの存在しない右腕を見ていた。
「右腕は予備と交換するか」
エーテルギアは高度なモジュール化が為されており、ある程度規格が合っていれば、別のフレームの腕をつけることすら可能になる。当然、部位単位での交換も容易である。
今回の依頼に際して、パーツに関しては充分な予備を用意している。右腕と、喪失した人喰はそれで補うことにする。
――だが、そのまま補修するだけで大丈夫か?
痛々しい姿を晒すウェアウルフを見て、そう思ってしまう。いや、思わざるをえない。
赤いエーテルギア――ジマーのドライバー、ニコライ・レザノフ。あの男は強い。ラティファが戦ってきた相手の中でもトップクラスの実力者だ。
――それだけではない。
あの男は、揺るがない。
それが、ラティファがニコライから受けた印象だった。
吹雪の中であろうと、けして揺るがぬ大樹。
その強さが、何処から来ていると言うのだろうか。技術とはまた別の領域、ラティファが持ち得ぬ何かが、力となっている。テロ行為に己の身を走らすような、何かが。
欠落しているのだ、とラティファは思う。
ラティファは欠落している。過去数年以前の記憶が欠落しているが、それだけが欠落ではない。欠落しているのはもっと別の、分かりづらくて致命的なものだ。自分は何かが不十分であり、不完全なのだ。
戦うことで、その答えを求めていこうと決めた。だが現実は「貴様は不完全だ」と叩きつけてくるばかりだ。
誰も皆そうなのかもしれないが、結局人間に理解できるのは自分のことだけである。
網にかかった魚のように、進めばその身が痛むばかり。
「まったく」
溜息を吐く。
それでも尚進み、戦わねばならない。それが自分で選んだ道である。他の道は選ばなかったのか、選べなかったのか。どちらでも同じことだ。
実務的に、ジマーに対する対策を考えねばならない。
ラティファは電脳内に格納された戦闘データを読み込む。
ジマーの恐ろしさは速度と攻撃力、ついで防御力だろう。単純に、強い。さて、それをどのようにして打ち破るべきか。
射撃でどうにか出来る自信はない。生半可な射撃では装甲とエーテル防壁で耐えられてしまうし、それ以上にジマーと高機動戦闘を行いつつ、射撃武器を的確に命中させられる自信がない。
白兵戦闘なら何とかならないこともない、ラティファは先の戦闘を思い出す。衝角による一撃は、間違いなくダメージを与えていた。
ならば、とりあえず、近接戦闘で、相手に対して打撃を与えられる武装がもう少し欲しい。散弾砲か機関砲の代わりに、プラズマソード辺りが有ればいいか。
「三条の予備兵装なら、プラズマソードぐらい余っているか?」
三条 崇仁は、エーテルギア以外に、予備装備を満載したサポートキャリアを持ち込んでいる。その中には、プラズマソードぐらいなら有るような気がする。
――あとで融通してもらうとするか。
そんな事を考えながら、電脳を介して作業用無人機に指示を出す。後は指示のとおりに作業用無人機が動き、給弾作業まで済ませてくれる。出来ないのは、機体レスポンスや、電脳との接続など、ドライバーの感覚に大きく依存する部分以外の調整だけだ。
やることは済ませてしまったので、ラティファは無重力空間を泳ぎ、ドッグの外に向かった。




