ゴースト・1
自信はあった。
エーテル適正というそれなりに稀な才能を持ち、それを生かしてPMCボリショイ・シチートに入社、二〇メートル級の人型機械であるエーテルギアの操縦者として、訓練を続けてきた。実戦経験は無いものの、それだってこれから積めばいいだけだ。
そう思っていた。
しかし、それは思い上がりに過ぎなかったのだろうか。先天的な能力の時点で、自分は戦場に出てはならない人間だったのだろうか。
エーテルギアの中で、機体を動かしながら青年は荒く息を吐く。
エーテルギアの各種センサーからの情報が、機体と直結した電脳に送られてくる。三次元空間全ての情報、それを強化現実上で再構成する。宇宙空間に転がる、複数の石塊、味方機二機――いや、一期は撃墜済みだから実質一機か、そしてさらに一つ。その一つもまた、エーテルギアだ。
そのエーテルギアを捉えきれない。
流星の如き速さで、それは動きつづけている。その動きを、青年の知覚が捉えられないのは、エーテルギアからの情報が不十分なのではない。
それはあまりに速く、あまりに鋭い。青年から見て前方から下方、下方から後方。移動しているこちらに対して、ほぼ一定の距離を保ったまま、高速で宇宙空間を疾走する。それが描く軌道も恐ろしい。
曲がる角度が、慣性をほぼ無視している。直角に曲がり、Uターンし、ジグザグに動き、円を描く。
敵機の狂った速度と軌道を、青年の脳が処理しきれていない。火器管制の処理速度も凌駕して、機体は駆け抜ける。
エーテルギアに搭載された機構である、アライメントチューナーによる機動だ。この機構を動かすことに必要となるのが、エーテル適正である。
しかし、この速度は、機動は、並のエーテル適正で出来ることではない。
エーテルギアが急に軌道を変更する。慣性を無視したかのような、直角の軌道変更。
「――何をしている、避けろ!」
味方機――隊長機からの通信。
それにはっとして、自機のアライメントチューナーを起動させる。機体各部のエグゾースタが、周囲の空間状態――エーテルのアライメントに干渉。緩やかに書き換えられた、今までの進行方向とは逆向きの力によって、速度が抑えられる。
脳に僅かな痛みが走る。全力を尽くして尚、止まらない。敵機は、この何倍の力で同じことをやっているのだ? そう疑問に思わずにはいられない。
敵機の戦法は単純と言っていい。
極度な高速と高運動性を生かして、撹乱。隙を見ての一撃と離脱。
その単純な戦法に対応できず、味方機は撃墜された。
敵機が眼前を横切る。いや、観測データ上は横切ったことが理解できる、というのが正しい。認識と脳の処理を超えた速度域。
背が泡立つ。
当たり前だ。見えない敵と、どうやって戦えばいい?
だが、だからと言ってむざむざやられるわけにもいかない。
アライメントチューナーをもう一度起動させ、機体に速度を取り戻させようとする。戦闘中に足を止めるというのは、自殺行為でしか無い。たとえ僅かの時間であっても。
その矢先、敵機が再度軌道を変更した。
青年の体温が下がる。
敵機の起動は、背後から一直線にこちらを狙うものだと理解できる、データを認識するまでもなく。
そうだ、たとえ僅かの時間であっても、戦闘中に足を止めるなど、自殺行為でしか無かったのだ。
敵機をこちらに襲いかかるまでの時間は、極僅か。
その僅かの間に、エーテルギアの背面向け光学カメラからの情報によって、青年は初めて自らに襲いかかるものの姿を認識した。
それは黒銀色のエーテルギアだ。四肢も頭部も鋭角的であり、更にその鋭角であることを強調するかのように、全身に切り羽根のようなスタビライザーを装備している。
狼のような頭部、そのツインアイを真紅に光らせ、右腕の砲剣一体型デバイスを振り上げるそれは、民間軍事会社ライブラ・セキュリティ・コントラクトが誇る人狼機。
パーソナルネームは『ウェアウルフ』。
青年はその名が誇大でないことを、認識せざるをえなかった。