夜会で捨てられた伯爵令息を測り直したら、足も恋心も私にぴったりでした
「今すぐ、その靴を脱いでください」
初対面の伯爵令息に言う台詞としては、かなり攻めている。
けれどダミアン様は眉一つ動かさず、長椅子に腰を下ろした。アガサ様が「早く」と命じ、従者が靴紐をほどく。
現れた足を見て、私は愛想笑いを捨てた。
親指の付け根に潰れた水疱。小指の外側には血のにじんだ布。土踏まずを庇ったせいで踵まで腫れている。
「いつからですか」
「三年ほど前から」
「三年!」
「姿勢が悪いのです」
付き添ってきた伯爵家の者が、なぜか自信満々に答えた。痛いのはダミアン様なのに、返事をするのは健康な人。靴職人が嫌う光景、堂々の第一位である。
私は現在の足を紙へ写し、アガサ様が持参した古い足型を重ねた。長さで指一本、幅ではもっと違う。成長した足へ幼い頃の形を押しつければ、靴の中は毎日が拷問室だ。
「この足型は、いつのものですか」
「十三歳のときだ」
「ダミアン様は今、おいくつで?」
「二十二歳」
九年前。足型にも賞味期限があると札を貼りたい。
「靴が細すぎます。姿勢ではなく、これが傷の原因です」
「伯爵家では代々、跡取りの足型を保管しております。正式な型に誤りはありません」
足と紙を並べても、紙が勝った。
私は腹立たしかった。痛いと訴える人より、昔の足型を正しいと言い張る家族のほうが信用されていたからだ。
けれど私は、伯爵家へ出入りする革工房の跡取りにすぎない。ここで靴を床へ叩きつければ、気分はよくても工房が潰れる。
せめて柔らかな中敷きを切り、傷に触れないよう靴の内側を広げた。
「今夜はこれで凌げます。ですが、新しく作り直してください」
「検討しておく」
家の者は古い足型を大事そうにしまった。
ダミアン様だけが、私の手元を見ていた。
「あなたは、私の足を信じるのですね」
「足は嘘をつきません。嘘をつくのは、だいたい足以外です」
アガサ様が何かを言いかけ、咳払いをした。
ダミアン様の眉間から、ほんの少しだけ力が抜けた。
* * *
「また開きました」
二度目に工房へ持ち込まれた靴は、右の爪先からぱっくり裂けていた。
靴まで口を開けて抗議している。中の人よりよほど主張が強い。
「歩きすぎましたか」
「父に、次の夜会までに縁談をまとめるよう言われまして。挨拶回りが続きました」
針を持つ手が止まった。
「縁談」
「ええ。先方は、健康な跡取りを望んでいるそうです」
健康を奪っておいて健康を求めるとは、伯爵家の注文は難度が高い。
それより困ったのは、胸の内側へ出てきた、もっと行儀の悪い感情だった。
私は嫉妬した。彼の隣に立つ女がいると聞いて、傷より先にその女を憎らしいと思った自分が嫌だった。会ったこともない相手に、靴擦れの一つくらいできればいいのに、とまで思った。
最低。しかも靴職人として妙に具体的。
それでも、この靴は直す。
裂け目を縫い、内側へ一枚革を足し、固い縁を削る。腹が立っても針目を乱さないのが職人である。恋に負けても縫い目では負けない。
「三日は長く歩かないでください」
「三日で済みますか」
「済ませるのではなく、休むんです。食事は?」
「朝は、あまり」
「睡眠は?」
「横にはなっています」
「眠っているかを聞きました」
ダミアン様は縫い直した爪先へ視線を落とした。歩かなくても逃げ方がわかる人だ。
「靴だけ直しても足は治りません。食べて、眠ってください」
「命令ですか」
「請求書に書けば、仕事になります」
「では従います」
素直にうなずかれて、私は針を指へ刺しかけた。
別の女性と結婚するかもしれない人が、私の命令へそんなに素直でいてはいけない。工房の安全管理に関わる。
* * *
「足を測れる人間なら、立っていられない理由にも口を挟みなさい」
三度目は、アガサ様のその一言で始まった。
私は夜会の靴係として壁際に置かれていた。踊って踵を折った令嬢、磨きすぎて床を滑る紳士、左右を履き違えて酒のせいにする老貴族。華やかな広間も足元から見れば不具合の見本市である。
そこへダミアン様が入ってきた。
一歩目、右へ三逃げ。
二歩目、左で二回強がり。
三歩目が、なかった。
「ダミアン様!」
私は道具箱を蹴飛ばして走った。
彼の膝が折れ、伸ばした手が卓上の杯をさらう。銀の杯が床を転がり、音楽が途切れた。私は倒れきる前に肩を抱いたが、成人男性の重さは職人根性では消えてくれない。一緒に絨毯へ膝をつく。
「靴を脱がせます」
「触るな」
伯爵の声だった。
人前では短い。よく通る。息子にはもっと短い。
「立て、ダミアン」
ダミアン様は床へ手をついた。右足を着いた瞬間、腕から力が抜ける。
「立てません」
私が答えると、伯爵の視線がこちらへ滑った。
「私は息子に言っている」
「その息子の足が、立てないと申しております」
しまった。上客へ返す口ではない。
だが、口から出たものは革と違って縫い戻せない。
「立ちなさい」
伯爵がもう一度命じる。
ダミアン様は立とうとした。本当に立とうとしたのだ。命令へ逆らうより、自分の傷を踏み潰すことに慣れてしまった動きだった。
「動かないでください!」
私は彼の足首を押さえた。
「靴を切ります」
「正式な夜会靴だぞ」
「足より靴が大事なら、靴に爵位を継がせてください!」
広間の空気が凍った。
言った。私は言った。工房の上客へ、靴を跡取りにしろと。
明日の私は請求書の山の下で死ぬかもしれない。だが今夜の私は止まらなかった。
小刀を差し込み、靴紐を切る。踵へ刃を入れ、革を左右へ開いた。
白い靴下は、足裏から赤く濡れていた。
誰かが息を呑んだ。
笑いかけていた客たちが口を閉じる。ダミアン様へ向けられていた「また倒れたのか」という目が、一斉に伯爵家の靴へ落ちた。
私は靴下も切った。
親指の付け根は皮が剥け、小指の傷は前より深い。爪の二枚が紫色に変わっている。踵には固くなった古傷、その上へ新しい裂け目。
「現在の足は、九年前の足型より長く、広くなっています。この靴は、その古い型で作られたものです。指を重ね、骨を内側へ押し、傷の上を毎日踏ませている」
道具箱から一度目の採寸控えを出し、靴底へ当てる。紙の線は、靴から左右へはみ出した。
「この記録が示すのは一つだけです。この靴が、この足に合っていない。それだけで、倒れる理由としては十分です」
「姿勢と鍛錬の問題だ」
「傷口を踏んで歩くことを鍛錬とは呼びません」
伯爵の顎が上がった。
「跡取りなら耐えるべきだ」
「では伯爵閣下もお試しになりますか。閣下の靴を指一本分縮めれば、今夜中に同じ姿勢になれます」
アガサ様が扇を強く閉じた。乾いた音が広間に響いた。
伯爵は彼女を一瞥し、すぐダミアン様へ戻った。反論する私より、起き上がれない息子のほうが叱りやすいらしい。
「立てぬなら、もうよい」
ダミアン様の肩が止まった。
「歩けない跡取りを置いておく余裕はない。弟に継がせる。お前は屋敷へ戻る必要もない」
傷口を見ても、伯爵の声は変わらなかった。
使用人へ顎を振る。
「その靴を片づけろ。客の目に入れるな」
さきほどまでダミアン様の足に入っていたものを、今度は客の目から隠すらしい。伯爵家は窮屈な場所を作るのが上手だ。
「待ちなさい」
アガサ様の明るい声が飛んだ。
「捨てるなら、息子ではなく靴になさい。メラニー、口を挟んだ責任を取りなさい」
「どうやってですか」
「その人を、立てる場所まで連れていきなさい」
それは、もう挟んだ。上客との間へ深々と。抜けば工房ごと血が出るくらいに。
怖かった。伯爵家に逆らえば工房が傾くからだ。実際、壁際では一人の夫人が従者を呼び、私へ頼んでいた注文を取り消すよう命じていた。別の紳士も目を逸らし、予約札を卓上へ置いた。
失う。いくつ失うかもわからない。
それでも黙るほうが腹立たしかった。私はこの人が好きだった。好きな人が傷だらけで捨てられるのを、中立という綺麗な言葉で眺めているのは嫌だった。
私は床に膝をついたまま、ダミアン様を見た。
彼は自分の足ではなく、置き去りにされた靴を見ていた。帰る家も、継ぐはずだった名も、たった今まとめて足元から切られた人の顔だった。
「ダミアン様」
「あなたまで、そんな顔をしないでください」
「どんな顔ですか」
「私を気の毒に思っている顔です」
「違います」
即答すると、彼が初めて私を見た。
ここで職人だからと言えば、私は安全な場所へ戻れた。傷を治すためです。靴を作るためです。全部正しくて、全部足りない。
「仕事だからではありません」
広間中に聞こえる声で言った。
「私はあなたが好きです。私の工房へ来てください」
誰も動かなかった。
注文を取り消した夫人まで、従者を呼んだ手を宙で止めている。今なら床下へ潜れる。問題は、床下へ行くにもダミアン様を連れていきたいことだった。
私は嫉妬もした。先に別の誰かと結婚すると聞いて憎らしく思った。家へ逆らうのは怖い。工房を失うのも怖い。
それでも、欲しいものを仕事の陰へ隠して彼だけ正直にさせるのは、もっと卑怯だ。
「食事をして、眠って、傷を治してください。新しい靴を作ります。あなたが自分の足で歩けるようになるまで、うちへ来てください」
「そのあと、私はどうすれば?」
「それは……」
結婚してください、とここで言えば完璧だった。
完璧すぎて、口が動かない。伯爵家へ喧嘩を売った直後に求婚まで済ませる女は、靴職人ではなく突撃兵である。
ダミアン様は長く私を見た。
「今、返事をしても、救われた勢いだと思われるでしょう」
「思いません」
「私が思います」
その声だけは、まっすぐだった。
「あなたの工房へ行きます。自分の足で立ってから、私から言わせてほしい」
保留ではなかった。逃げでもない。
立ち直った自分の口で、私を選ぶという意思だった。
「わかりました」
うれしかった。捨てられた直後の彼を自分のものにしたかったわけではない。私が差し出した手を取り、そのあとで彼のほうから歩いて戻ってくると言われたことが、たまらなくうれしかった。
「では、まず運びましょう」
「誰が?」
「私とアガサ様で」
「私は馬車を出すわ」
アガサ様は即座に役割を減らした。
「メラニー。あなた、腕には自信があるでしょう」
「革を引く腕と成人男性を運ぶ腕は別売りです!」
それでもダミアン様の腕を肩へ回し、立ち上がる。
右足を浮かせ、左で一歩。今度は強がらせない。彼の重さが私へかかった。
広間を出る途中、予約札を置いた紳士がダミアン様の裸足を見た。何も言わず、札を取り直して懐へ戻す。
別の客は背を向けたままだった。
どちらも追わなかった。今夜、私が運ぶのは注文ではない。
* * *
工房へ来た最初の朝、ダミアン様はパンを半分残した。
二日目は四分の一。
三日目は全部食べたあと、皿の端に残った卵までパンで拭った。
「見ないでください」
「食べた量は採寸項目です」
「聞いたことがありません」
「今、作りました」
夜はもっと手強かった。
客間へ入っても、彼は何度も起きた。床板が鳴るたび私が戸を開けると、「水を飲もうと」と言う。水差しは寝台の横に置いてある。右へ三逃げ、左で二回強がり、夜間版。
四日目、私は寝台の横へ椅子を持ち込んだ。
「眠るまでいます」
「子爵令嬢が男性の寝室に?」
「ここでは工房主です」
「なお悪いのでは」
「靴を投げますよ」
投げられる靴がないので、彼はおとなしく目を閉じた。
その夜、床板は朝まで鳴らなかった。
足裏の傷は毎日洗い、布を替えた。腫れが引くまで柔らかな室内履きだけにし、新しい靴は左右で幅を変えた。人の足は左右同じではない。当たり前なのに、家名のほうへ足を合わせようとすると、当たり前から先に捨てられる。
一週間が過ぎた頃、彼は壁へ手をつかず客間から食堂まで歩いた。
右へ一確認、左で一用心。
逃げも強がりも減っている。よし。
さらに傷が閉じると、作業台まで来るようになった。
「座っていてください」
「退屈です」
「では革を磨きますか」
「接客をさせてください。靴の知識はありませんが、注文の整理ならできます」
元跡取りの注文整理は恐ろしく正確だった。納期、革の種類、前金、修理歴。散らばっていた札が半日で並び、私が三日探していた請求書が一刻で出てきた。
「なぜこれが布箱に?」
「革箱がいっぱいだったので」
「布箱へ革の請求書を入れた?」
「分類の壁を越えたんです」
「単に片づけていないだけですね」
怪我人のくせに容赦がない。
けれど昼には一緒に食べ、夜には眠った。朝食を残さなくなり、傷は新しい皮膚で塞がった。自分の足で作業台まで歩き、客へ椅子を勧める。
それが、私にとっての回復だった。
家名へ戻せという知らせが来た日も、彼は返事を出さなかった。封をしたままの便りを作業台の端へ置き、修理札の続きを並べる。
「読まないのですか」
「戻るつもりはありません」
「伯爵家へ?」
「私の足に合わない場所へ、もう足を入れません」
よくできました、と褒めたくなった。相手は二十二歳の元跡取りなので我慢した。
代わりに、新しい靴を渡した。
ダミアン様は紐を結び、工房の端まで歩いた。戻ってきて、今度は少し速く歩く。
右へ二確かめ、左で一笑い。
「痛みません」
「当然です。誰が作ったと思っているんですか」
「私の好きな人です」
「急にそういうことを言わないでください!」
「まだ正式には私から言っていませんから、練習です」
練習で職人の心臓を壊さないでほしい。
その日の午後、アガサ様が工房へ入ってきた。
「メラニー。婚礼靴の相談よ」
扉のそばにいたダミアン様が止まった。
私も止まった。
アガサ様は私たちを見比べ、扇もないのに口元を手で覆った。あれは絶対に笑いをこらえている顔だ。
「では私は革を見てくるわ。本人同士で確認なさい」
「何をですか」
「何もかもよ」
明るく断定し、奥へ消えた。
ダミアン様が作業台の札を一枚取り、置き直した。今度は右にも左にも逃げられない。
「君の婚姻が決まったと聞きました」
「誰からですか」
「伯爵家からです。工房を守るため、別の家へ嫁ぐことを受け入れたと」
「受け入れていません」
私は彼を見返した。
「私の家には、ダミアン様が別の令嬢との婚姻を決めたと伝わっています。家名へ戻る条件として」
「決めていません」
「では、婚姻する令嬢は?」
「いません」
「私にも婚姻する相手はいません」
一項ずつ確かめるたび、間に積まれていた壁が薄くなる。
「あなたは私の告白を、覚えていますか」
「一言も忘れていません」
「気持ちが変わったと思いましたか」
「思いました。工房を守るため、私を置いていくのだと」
「私は、あなたが家へ戻るため私を置いていくのだと思いました」
「戻らないと言ったのに」
「私も好きだと言ったのに」
二人とも黙った。
家の話を信じて、本人の言葉を後回しにした。同じ窮屈な靴へ、左右から足を突っ込んでいたらしい。これでは歩けない。
「私はあなたが好きです」
先に言った。
「夜会で言ったときから変わっていません。工房も守りたい。あなたとも暮らしたい。どちらかを諦めたとは、一度も言っていません」
「はい」
「あなたは?」
「君が好きです。あの夜より、今のほうがずっと」
ダミアン様は作業台を回り、私の前へ来た。
「君の言葉より家の話を信じた。すまない」
言い訳を足さなかった。
「救われたからではありません。家へ戻れないからでもない。食べられるようになったからでも、新しい靴で歩けるからでもない。それらを取り戻した私が、自分で選びます」
彼は自分の足で立っていた。
私が作った靴で。
けれど、私へ差し出した言葉は彼自身のものだった。
「今も君が好きだ。私と結婚してほしい」
怖かった時間も、嫉妬した自分も、失った注文も消えなかった。消えないまま、全部ここへつながった。
うれしかった。
今度は隠す理由が一つもない。
「私もあなたが好きです。結婚します」
ダミアン様が息をついた。
「よかった」
「はい。では婚礼靴を作りますので、まず靴を脱いでください」
「今ですか?」
「今です」
「求婚を受けた直後に?」
「足は待ってくれません」
「私の恋心より優先ですか」
「恋心はもう確認しました。次は足です」
彼が私を見た。
私は椅子を引き、採寸紙を床へ敷いた。
「どうぞ」
先に噴き出したのがどちらだったか、わからない。
ダミアン様が声を上げて笑い、私も笑った。夜会で倒れたことも、家を捨てたことも、告白も求婚も、全部抱えたまま、最後は靴を脱ぐ話になった。
初めて、同じことを同じだけ可笑しいと思えた。
「ダミアン、笑っていないで脱いでください」
呼び捨てにした途端、彼はもっと笑った。
「はい、メラニー」
笑いの残る足を紙へ載せる。
少しもじっとしてくれなかった。
* * *
婚約後、ダミアンは工房の接客と注文整理を引き受けた。
朝は私より先に起き、パンを二つ食べる。昼は客へ椅子を勧め、夕方には修理札を揃える。夜になると客間ではなく、工房の二階に整えた自分の部屋へ戻り、朝まで眠った。
伯爵家から届く便りには返事を出さない。
「一度くらい読んでは?」
「必要な注文なら、メラニーの台帳へ記載されます」
「家名への復帰は注文ではありません」
「なら、なおさら私の仕事ではありません」
そう言って作業台へ戻る。
伯爵家は変わらなかった。だからダミアンも、戻らない選択を変えなかった。
夜会のあとに消えた客はいた。
その代わり、工房の扉を開ける新しい修理客もいた。足が痛いのに自分の我慢が足りないと言われた者、古い靴を捨てられず困っている者、ただダミアンが勧める椅子へ座りたいらしい者。
「どこが痛みますか」
彼は必ず本人へ聞いた。
付き添いが答えると、もう一度、座っている本人へ聞き直す。
私の仕事は増えた。上客へ頭を下げ続けるだけだった工房は、私が引き受ける仕事を私自身で決める場所になった。
ただし帳簿だけはダミアンが決める。
「この革代は?」
「必要経費です」
「菓子店の印があります」
「糖分は靴作りに必要です」
「分類の壁を越えましたね」
覚えなくていいことまで覚えている。
婚礼靴の採寸は、彼の仕事が終わったあとに続けた。
足長、足囲、甲の高さ。右と左を別々に測る。最初の採寸紙と比べれば、腫れが引いた分だけ線も変わっていた。
「右の爪先が一度動いて、左の踵が二度浮きました」
「歩いていませんが」
「座っていてもわかります」
「恋心も測れますか」
「それはもう測りません」
「なぜ?」
「本人に聞けば済みますから」
ダミアンは椅子の背へ寄りかかった。
「婚約直後に靴を脱がされた男は私だけだろう」
「足型が古い人の責任です」
「九年前の私に言ってください」
「九年前から待たされた私の責任は?」
「一生かけて取ります」
そういう言葉へ、もう別の意味を探さなくていい。
「では、じっとしてください。ぴったりに作れません」
「足は?」
「もちろん」
「恋心は?」
私は採寸紐を引いた。
「そちらも、私にぴったりです」
ダミアンが笑った。
私も笑った。
工房の朝は忙しく、靴は次々に壊れ、帳簿から菓子代が消えることはない。
それでも彼は食べ、眠り、自分の足で歩く。
そして私たちは、同じところで笑っている。




