【第95話 帰らない帰還】
空は、砲火で裂けていた。
◇ ◇ ◇
浮遊要塞外周。
幾層にも重なる黒鉄装甲の継ぎ目に、
ルコールは張り付いている。
砲塔基部の振動。
旋回周期。
外壁越しの微細な震え。
爆散した装甲片が、要塞外壁へ叩きつけられる。
金属音が幾重にも反響し、
外周砲台の一部が誤作動を起こす。
照準がわずかにズレる。
防衛網は完璧ではない。
巨大であるがゆえに、
反応は一拍遅れる。
ルコールはその“遅れ”を待っていた。
読む。
主砲を止めるのは愚策だ。
規模が違う。
全部潰す前に、こちらが消耗する。
だから――
“目”を潰す。
◇ ◇ ◇
掌底砲、短距離解放。
圧縮マグナ・パルス。
接合部へ内部破壊のみを叩き込む。
鈍い衝撃。
外装は割れない。
だが内部照準機構が狂う。
砲塔が一瞬、遅れる。
それでいい。
◇ ◇ ◇
影。
小型防衛艦。
高速旋回。
砲口展開。
距離が詰まる。
◇ ◇ ◇
ルコールは装甲を蹴る。
落下。
砲撃が背後を抉る。
爆圧。
破片。
だが落下は制御済み。
クロスシェードが風を掴む。
角度を殺す。
狙いは――腹。
◇ ◇ ◇
掌底砲、最大圧縮。
推進部へ直撃。
一拍。
爆発。
防衛艦は姿勢を失い、
回転しながら落下する。
◇ ◇ ◇
一方――ノーグレイブ。
増援艦、接近。
外周三。
背後二。
砲火が交差する。
◇ ◇ ◇
――回想。
◇ ◇ ◇
出撃前。
「攻勢が激しい場合は?」
バルドの問い。
オズマは即答した。
「撤退を演出する」
「幻影で“帰還”を見せる」
一拍。
「その際、ハッチは開けておけ」
フォティが目を瞬く。
「開けっぱなしにするのか?」
「そうだ」
オズマは淡々と言う。
「ルコールが戻る“ように見せる”には、
物理的な出入り口が必要だ」
「視覚だけでは甘い。
風の流れ、機体の揺れ、気圧変化――」
「全部、再現する」
一拍。
「潜入作戦を、
作戦失敗に置き換える」
ルコールは短く言った。
「その間に入る」
◇ ◇ ◇
現在。
「今だ」
オズマが詠唱する。
魔力屈折。
ノーグレイブの周囲に
“帰還するルコール”の残像を構築。
ハッチは開いている。
風が吸い込まれる。
幻影のルコールが、
爆煙の中から飛び出し、
ノーグレイブへ滑り込む。
ハッチが閉まる。
出力低下。
機体揺動。
完璧な“作戦失敗”。
◇ ◇ ◇
「作戦失敗! 離脱する!」
バルドが怒鳴る。
機体をわざと不安定に見せる。
出力を落とし、
墜落寸前の挙動。
その直後。
最大推進。
急上昇。
◇ ◇ ◇
敵観測器が反応する。
魔導波形、熱量、質量変化。
すべてが“帰還”を示している。
幻影は視覚だけではない。
空気の流れすら、
欺く。
オズマの額に汗が滲む。
これほどの規模を誤認させるのは、
一瞬が限界だ。
敵は追う。
侵入阻止成功。
敵撤退。
判断は、外へ向く。
◇ ◇ ◇
だが。
◇ ◇ ◇
爆炎の陰。
ルコールは、まだ外壁にいる。
帰っていない。
戻っていない。
◇ ◇ ◇
整備用接合部。
溶接痕。
掌底砲、最小出力。
内部圧破壊。
歪み。
隙間。
風が吸い込まれる。
◇ ◇ ◇
遠ざかるノーグレイブ。
敵には、
“帰還”が成立したように見えている。
だが――
帰らない。
◇ ◇ ◇
隙間へ指をかける。
内部は暗い。
内部通路の奥で、
何かが動く音がする。
機械か。
人か。
判別はつかない。
だが確実に、
この要塞は“生きている”。
巨大な都市が、
今まさに警戒態勢へ移行している。
警報灯が赤く点滅している。
まだ外。
まだ侵入していない。
だが。
次の一歩で、
戦場は内側へ移る。
(第95話 了)
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勤労に感謝を。働き続けた男の、転生スローライフ
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