【第91話 墓標は空にない】
スカイハウル――改め、
スカイハウル・ノーグレイブは、
滑走路代わりの断崖縁に静かに据えられていた。
強化突撃用装甲。
魔導出力式へと換装された心臓。
黒鉄の外殻は、朝焼けを鈍く反射している。
◇ ◇ ◇
魔導炉、初期点火。
低い唸りが船体を震わせる。
循環路に青白い光が走る。
「出力三割……五割……七割……」
フォティが計器を読み上げる。
振動が増す。
床板が細かく鳴る。
「フル点火だ」
◇ ◇ ◇
瞬間。
衝撃が船内を打った。
魔導炉が咆哮する。
推進圧が一気に跳ね上がる。
「……っ!」
フォティが思わず座席を掴む。
身体が持っていかれる。
空気が、後ろへ流れていく。
「こいつは……」
バルドが笑う。
「ああ、震える重装甲艦だ」
「操縦桿を握る俺でも震えるぜ」
◇ ◇ ◇
加速。
まだ断崖を蹴っていない。
それでも推進圧は異様な伸びを見せる。
「……速ぇ」
フォティが思わず漏らす。
数値の意味は分からない。
だが分かる。
風圧が違う。
加速の“伸び”が違う。
空気の押し返しが、明らかに薄い。
◇ ◇ ◇
バルドが計器を睨みながら笑う。
「既存の軍用戦闘艦の二倍……」
一拍。
「二・五……三倍に迫るな」
操縦桿を握る手に力が入る。
「理論値じゃねぇ。実測だ」
◇ ◇ ◇
「早すぎるな」
オズマが低く言う。
「だが、制御は保っている」
視線は冷静。
だが、その声には僅かな興奮が混じる。
◇ ◇ ◇
フォティは計器から目を離さない。
自分が同乗しているとき、
確かに出力は伸びる。
だが今は違う。
波形が揃っている。
脈動が、整っている。
◇ ◇ ◇
その時。
船体が、もう一度大きく揺れた。
「きゃっ……!」
ミラがバランスを崩し、
船内で尻餅をつく。
◇ ◇ ◇
次の瞬間。
計器の波形が揃った。
乱れていた出力が、
呼吸を合わせるように収束する。
「……は?」
バルドが眉を上げる。
「出力波形、安定……?」
フォティが呟く。
振動が滑らかになる。
さっきまで暴れていた魔導炉が、
まるで機嫌を直したかのように。
◇ ◇ ◇
オズマが目を細める。
「偶然……か?」
断言はしない。
◇ ◇ ◇
フォティの胸に、
小さな棘が刺さる。
(……なんだよ)
自分が空に出れば出力は伸びる。
それは分かっている。
だが今の安定は、
明らかにミラが転んだ直後だった。
(船に……張り合ってるのか、俺は)
◇ ◇ ◇
前方。
ルコールは無言で立っている。
揺れにも動じない。
ただ前を見ている。
その背中を、
ミラが無意識に見ている。
◇ ◇ ◇
フォティは視線を逸らす。
「出力九割、安定」
声は平静。
だが胸の奥はざわついている。
◇ ◇ ◇
「坊主」
バルドが言う。
「船に張り合うな」
一拍。
「スカイハウル様には勝てねぇぞ」
◇ ◇ ◇
フォティは一瞬、言葉に詰まる。
「……別に」
否定は弱い。
◇ ◇ ◇
オズマが横目で見る。
(未熟だな、少年)
だが口には出さない。
◇ ◇ ◇
フォティは思う。
ルコールは守る側。
ミラは守られる側。
船は応える側。
じゃあ、俺は?
掴む側だ。
空を。
速度を。
あの背中を。
◇ ◇ ◇
「行くぞ」
バルドが操縦桿を押し込む。
◇ ◇ ◇
魔導炉が吼える。
推進光が爆ぜる。
断崖を蹴り、
スカイハウル・ノーグレイブは空へ躍り出た。
◇ ◇ ◇
速度。
圧。
空気が裂ける。
「ははっ……!」
バルドが笑う。
「墓標は空にねぇ!」
「落ちる前に、突き抜けるだけだ!」
◇ ◇ ◇
ルコールが一言だけ言う。
「飛べ」
◇ ◇ ◇
フォティは前を見据える。
(負けねぇよ)
空にも。
船にも。
あんたにも。
◇ ◇ ◇
ノーグレイブは、
嵐へ向けて加速する。
墓標は空にない。
あるのは――
突き抜けた軌跡だけだ。
(第91話 了)
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