【第90話 ノーグレイブ】
スカイハウルの腹は、閉じられる直前で止められていた。
外装板はすでに取り付けられている。
強化突撃用装甲は黒鉄の板を幾重にも重ね、
船首側は明らかに厚みを増していた。
鈍い光を吸い込むような外装。
以前の軽快さはない。
だが――
機体後部だけが、まだ“開いている”。
◇ ◇ ◇
「そこは、まだ閉じねぇ」
作業灯の白光の下、
バルドは魔導管の束を覗き込みながら言った。
ルコールが問う。
「問題か」
「問題だらけだ」
即答だった。
◇ ◇ ◇
旧式のレシプロ機関が、
まだそこに残っている。
ピストン式の駆動部。
回転軸。
連動する歯車。
これまでスカイハウルを支えてきた心臓だ。
「出力は十分だった」
ルコールが低く言う。
「巡航する分にはな」
バルドは首を振る。
「だが、突撃は別だ」
◇ ◇ ◇
「特攻みてぇな真似をするなら、
レシプロ構造は内部から壊れる」
工具で機関部を軽く叩く。
「衝突の瞬間、反動が軸を歪ませる」
「歪めば連動が狂う」
「狂えば――爆ぜる」
◇ ◇ ◇
ミラが、小さく息を呑んだ。
「……じゃあ」
「換装だ」
バルドは迷いなく言う。
「魔導出力式へ」
◇ ◇ ◇
ルコールの視線が、わずかに動いた。
「魔導炉か」
「そうだ」
バルドは頷く。
「ピストンも回転軸もいらねぇ」
一拍。
「**衝撃を流す構造に変える**」
◇ ◇ ◇
彼は説明を続ける。
「レシプロは“動かして推す”構造だ。
力が逆流すりゃ壊れる」
魔導管の青白い導線をなぞる。
「だが魔導出力式は違う。
魔力を圧縮し、推進へ変換する」
「構造的に力は“循環”する」
◇ ◇ ◇
「衝撃を受けた場合は?」
ルコールが問う。
「魔導炉内で一瞬、逆位相が生まれる」
バルドは平然と答える。
「だが爆ぜねぇ。流して逃がす」
◇ ◇ ◇
ミラが呟いた。
「……壊れないための心臓」
「そうだ」
バルドは笑う。
「飛ぶためじゃねぇ。
**ぶつかっても止まらねぇための心臓**だ」
◇ ◇ ◇
旧式機関が外され、
円筒状の魔導炉ユニットが差し込まれる。
中央に圧縮核。
外周に導線。
振動吸収層。
「出力は?」
「理論値一・五倍」
「燃費は?」
「悪い」
肩をすくめる。
「長期戦は無理だ。
だが突入には十分だ」
◇ ◇ ◇
仮起動。
低い唸り。
以前の唸りとは違う。
それは――鼓動だった。
◇ ◇ ◇
「……生きてるみてぇだな」
ルコールが言う。
「機械は生きてねぇ」
バルドは即座に返す。
「だが、機嫌はある」
◇ ◇ ◇
導線を締め、
固定具を調整し、
振動幅を測る。
喋りながら、
手は止まらない。
◇ ◇ ◇
やがて後部カバーが閉じられ、
最後の固定具が締められる。
強化突撃用装甲は完成した。
船首は鋭く、
重く、
黒い。
◇ ◇ ◇
その姿を見上げて、
ミラがぽつりと言った。
「……なんだか」
一瞬迷ってから。
「棺桶みたい」
◇ ◇ ◇
沈黙。
ルコールは何も言わない。
◇ ◇ ◇
「おい」
バルドが振り返る。
「そいつは縁起が悪い」
怒ってはいない。
だが、否定は強い。
◇ ◇ ◇
「だって……」
ミラは慌てて言う。
「黒くて、重くて、
前だけ尖ってて……」
確かにそれは、
突入を前提とした形だ。
優雅さは消えた。
◇ ◇ ◇
バルドは機体を軽く叩いた。
「棺桶じゃねぇ」
魔導炉が低く鳴る。
「**帰ってくるための殻だ**」
◇ ◇ ◇
ルコールが言う。
「帰れる保証はない」
「保証がある船なんざねぇ」
バルドは鼻で笑う。
「だがな」
一拍。
「墓になるかどうかは、
俺たちが決める」
◇ ◇ ◇
彼は小さな金属プレートを取り出す。
「名前を変える」
◇ ◇ ◇
「スカイハウル」
一拍。
「――ノーグレイブ」
◇ ◇ ◇
静まり返る格納区画。
「墓なし、だ」
バルドはにやりと笑う。
「俺たちは埋まらねぇ」
◇ ◇ ◇
ルコールが機体に手を置く。
「ノーグレイブ」
確認するように。
◇ ◇ ◇
その時。
格納区画の入口から足音がした。
フォティとオズマだ。
◇ ◇ ◇
「……終わったんですか?」
フォティが見上げる。
その姿に、
一瞬息を呑んだ。
「すごい……」
◇ ◇ ◇
オズマが静かに言う。
「棺……いや」
「要塞に近いな」
◇ ◇ ◇
「棺桶って言ったのはミラだ」
バルドが暴露する。
「ち、違います!」
慌てるミラ。
◇ ◇ ◇
「安心しろ」
バルドは笑う。
「これは墓じゃねぇ」
一拍。
「帰還前提の船だ」
◇ ◇ ◇
フォティが機体に触れる。
冷たい装甲。
重い質量。
だがその奥で、
鼓動が鳴っている。
◇ ◇ ◇
「……飛べますか」
「飛ぶ」
バルドは即答した。
「飛ばす」
◇ ◇ ◇
魔導炉が安定音を刻む。
強化装甲型、
正式名称――
**スカイハウル・ノーグレイブ。**
◇ ◇ ◇
棺桶ではない。
墓標でもない。
戻ると決めた船だ。
空は荒れている。
だが――
彼らは、もう止まらない。
(第90話 了)
よろしければ、評価と気に入っていただければブックマークをお願いします。
執筆の励みになります。




