【第87話 確信に変わるもの】
その場を離れてもなお、
胸の奥に残る違和感は消えなかった。
◇ ◇ ◇
ルコールは、
岩場を下りながら何度も空を振り返っていた。
見える景色は変わらない。
雲も、風も、音も。
だが――
(……あそこだ)
理屈ではなく、
経験でもなく。
ただ、
長年戦場を渡り歩いてきた感覚だけが、
一点を指し示している。
◇ ◇ ◇
背中のミラは、
いつもより静かだった。
疲れて眠っているのかと思ったが、
違う。
「……ねえ」
小さな声。
◇ ◇ ◇
「聞こえなくなったの」
ミラは、空を見上げることなく言った。
「さっきの……歌みたいなの」
◇ ◇ ◇
ルコールは、
足を止めないまま答える。
「……俺もだ」
短い言葉。
だが、それだけでは終わらなかった。
◇ ◇ ◇
「消えた、というより――」
一拍。
「距離ができた感じがする」
◇ ◇ ◇
ミラは、
その言葉をゆっくり噛みしめる。
「……うん」
同じ感覚だった。
聞こえなくなったのに、
場所だけは、はっきり分かる。
◇ ◇ ◇
二人の間に、
それ以上の説明は要らなかった。
感じ取ったものが同じだったからではない。
**向いている場所が、同じだった**からだ。
◇ ◇ ◇
ルコールは、
胸元に手を伸ばす。
外套の内側。
割れたペンダントの破片。
先ほど感じたような違和感は、
もう伝わってこない。
金属は、
静かで、冷たい。
◇ ◇ ◇
(……十分だ)
そう思えた。
呼ばれているかどうかではない。
追っていいかどうかでもない。
**行き先は、もう決まった。**
◇ ◇ ◇
「……戻る」
ルコールは、はっきりと言った。
◇ ◇ ◇
「え?」
ミラが声を上げる。
「もう……終わり?」
「地上からの調査はな」
淡々と、
だが迷いはない。
「これ以上、歩いても意味はない」
◇ ◇ ◇
「じゃあ……」
ミラは言葉を探す。
「飛ぶ、んだね」
◇ ◇ ◇
「そうだ」
ルコールは頷く。
「空でしか、辿り着けない」
◇ ◇ ◇
ミラは、
一瞬だけ不安そうな表情を浮かべた。
だが、
すぐにそれを飲み込む。
「……行こう」
小さく、だが確かな声。
◇ ◇ ◇
二人は来た道を引き返す。
もう、雲を見上げることはなかった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。
別の断崖では――
◇ ◇ ◇
「……っ!」
フォティが着地し、
膝をつく。
呼吸は荒く、
魔力の制御も不安定だ。
だが、
顔は上がっている。
◇ ◇ ◇
その直前、
衝撃が完全に消えた。
オズマの魔法が、
寸分違わず発動していた。
◇ ◇ ◇
「……今のは、少し強すぎだ」
オズマが言う。
叱責ではない。
確認だ。
◇ ◇ ◇
「……分かってます」
フォティは、
息を整えながら答えた。
「でも……止めたくなくて」
◇ ◇ ◇
オズマは、
空ではなくフォティを見る。
「理由は聞かない」
一拍。
「だが、無理はするな」
◇ ◇ ◇
その時だった。
岩場の向こうから、
足音が聞こえた。
◇ ◇ ◇
「――調査は、打ち切りだ」
低い声。
◇ ◇ ◇
振り向いた二人の視界に、
ルコールとミラの姿が映る。
◇ ◇ ◇
「え?」
フォティが声を上げる。
「もう、何か分かったんですか?」
◇ ◇ ◇
「分かった」
ルコールは即答した。
「場所だ」
◇ ◇ ◇
オズマの目が、
わずかに細くなる。
「……確信か?」
◇ ◇ ◇
「そうだ」
◇ ◇ ◇
短い会話。
だが、
それで十分だった。
◇ ◇ ◇
「……分かりました」
オズマは、静かに頷く。
「戻りましょう」
◇ ◇ ◇
フォティは、
一瞬だけ空を見上げる。
まだ、
納得しきれていない。
だが――
「……俺も、もっと飛べるようになります」
そう言って、
拳を握った。
◇ ◇ ◇
誰も、否定しなかった。
空は、
もう逃げない。
**次は、飛ぶために戻るだけだ。**
(第87話 了)
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