【第86話 空が呼ぶ】
調査は、思っていたよりも進まなかった。
正確に言えば――
進んでいないわけではない。
ただ、
空が近づくほど、
人の足は重くなる。
◇ ◇ ◇
ルコールとミラは、
高低差のある岩場を越えながら、
空域の変化を探っていた。
風の流れ。
雲の厚み。
音の反響。
どれも、確かに“普通ではない”。
◇ ◇ ◇
だが、
ミラの歩調が、次第に乱れ始めていた。
自分から同行を願い出た。
それは間違いない。
それでも――
「……ごめん」
足が、
棒のように重い。
◇ ◇ ◇
ルコールは、
立ち止まることなく言った。
「無理をするな」
次の瞬間、
彼はミラを背負っていた。
◇ ◇ ◇
「……いいの?」
「調査が止まる」
それだけだった。
だが、
ミラには分かっていた。
彼が急いでいる理由が、
単なる任務ではないことを。
◇ ◇ ◇
――焦っている。
ルコールは、
“発見すること”そのものに、
時間制限を感じている。
理由は分からない。
だが、その背中は、
静かに張り詰めていた。
◇ ◇ ◇
その時だった。
「……?」
ミラが、
ふと空を見上げる。
◇ ◇ ◇
音はない。
風も、変わらない。
それでも――
(……うた?)
◇ ◇ ◇
確かに、
“歌声”のようなものを感じた。
懐かしくて、
遠くて、
胸の奥を撫でるような音。
理由は、分からない。
◇ ◇ ◇
ミラの視線の先に、
とてつもなく大きな積乱雲があった。
ただの雲ではない。
重なり合い、
巻き上がり、
空そのものを塞ぐ“塊”。
◇ ◇ ◇
「……あれ」
ミラが小さく言う。
◇ ◇ ◇
ルコールも、
足を止めた。
「……見えているな」
低く、短く。
◇ ◇ ◇
その瞬間。
胸元に、
微かな違和感が走った。
◇ ◇ ◇
外套の内側。
服の奥。
そこに忍ばせている、
**小さな欠片**。
かつて、
一つだったものの、
残骸。
◇ ◇ ◇
――熱。
ほんの一瞬、
指先に伝わったような気がした。
◇ ◇ ◇
ルコールは、
無言で胸に手を当てる。
触れたのは、
割れたペンダントの破片。
金属は、
すでに冷たい。
◇ ◇ ◇
光ったような気もした。
だが、
次の瞬間には、
何も変わっていなかった。
◇ ◇ ◇
「……気のせいか」
誰に聞かせるでもなく、
低く呟く。
◇ ◇ ◇
その理由を、
考えることはしなかった。
考えてしまえば、
足が止まる気がしたからだ。
◇ ◇ ◇
背中では、
ミラがまだ空を見ている。
巨大な雲は、
まるで――
**何かを待っているように。**
◇ ◇ ◇
一方、
別の場所では。
フォティが空へ跳び、
オズマが衝撃を相殺していた。
同じ空の下で、
別の訓練が続いている。
◇ ◇ ◇
歌声の理由も。
雲の正体も。
破片が反応した意味も。
まだ、
誰も知らない。
だが――
空は、
確かに“呼んで”いた。
(第86話 了)
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