【第83話 空を読む者】
馬車は、舗装の甘い街道を静かに進んでいた。
王都を離れて半日。
周囲の景色は、すでに人の手が薄くなっている。
◇ ◇ ◇
「……この辺りだな」
ルコールが、窓の外を見ながら言った。
なだらかな丘陵。
風を遮るもののない開けた地形。
「目撃報告の一つが、この先だったはずだ」
オズマが地図を確認する。
「空が荒れたが、被害はなし。
雲だけが、不自然に居座った――」
「嵐じゃない」
ルコールが、短く否定する。
「“空の流れ”が違う」
◇ ◇ ◇
フォティは、その言葉を噛みしめるように聞いていた。
「……僕、前に」
少し迷ってから、続ける。
「空を飛んだことがあります」
ミラが、そっと視線を向ける。
「え……?」
「意識してじゃないです。
落ちた、っていう方が近い」
フォティは苦笑した。
「でも……たまたま、うまくいっただけで」
◇ ◇ ◇
「制御は、できてないな」
ルコールは即答した。
「飛べたんじゃない。
“止まらなかった”だけだ」
「……やっぱり」
フォティは、納得したように頷く。
◇ ◇ ◇
「だから、だ」
ルコールは外套に手をかける。
「見る」
◇ ◇ ◇
馬車を降り、丘の縁へ向かう。
風が、強く吹き抜けていた。
「……ルコール?」
ミラが思わず声を上げる。
◇ ◇ ◇
彼は、躊躇なく踏み出した。
――落ちる。
だが、次の瞬間。
◇ ◇ ◇
外套が風を受け、
身体の軸が、自然に整う。
それは布を広げて飛ぶのではない。
ムササビスーツのように、
風圧を受ける面積と角度を、
身体そのもので細かく調整していた。
両腕は広げない。
推進もない。
ただ、
風に逆らわず、
高度を殺しながら――
降りていく。
◇ ◇ ◇
「……飛んでる、わけじゃない」
オズマが、低く呟く。
「落ちている。
だが、制御されている」
◇ ◇ ◇
地面に近づくにつれ、
ルコールは足先で角度を変え、
衝撃を殺して着地した。
砂埃が、わずかに舞う。
◇ ◇ ◇
「これが、限界だ」
彼は振り返って言う。
「推進がない。
だから戦えない」
「だが」
一拍。
「姿勢は、教えられる」
◇ ◇ ◇
フォティは、息を呑んでいた。
「……体で、風を読む」
「そうだ」
ルコールは頷く。
「空は、敵じゃない。
“壁”だ」
◇ ◇ ◇
ミラは、その背中を見つめていた。
飛んでいるようで、
どこまでも地に近い。
空に挑む姿なのに、
不思議と――現実的だった。
◇ ◇ ◇
「……怖くないんですか?」
フォティが、素直に聞く。
「怖い」
即答だった。
「だから、目を逸らすな」
◇ ◇ ◇
風が、再び強く吹く。
空は、何かを隠している。
それを追うために、
彼らは――
**まず、落ちることから学ぶ。**
(第83話 了)
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