【第82話 落ちなかっただけ】
出発は、夜明け前だった。
ギルド裏手の広場。
朝靄が低く漂い、空と地面の境目が曖昧になっている。
集まっているのは、四人だけ。
◇ ◇ ◇
「……なあ」
オズマが、空を見上げたまま口を開いた。
「本当に、船は使わないんだな」
◇ ◇ ◇
「今回はな」
ルコールが短く答える。
「スカイハウルは改修中だ。
バルドも動けない」
◇ ◇ ◇
「理屈は分かっている」
オズマは、ゆっくり息を吐いた。
「だが、頭で理解するのと、
実際に空へ出るのは別だ」
◇ ◇ ◇
「……怖い?」
ミラが、小さく聞いた。
◇ ◇ ◇
オズマは一瞬だけ黙り、
苦笑する。
「正直に言えば、な」
「私は地に足がついた魔法使いだ」
一拍。
「空を飛ぶ魔法なんて、
理論上は語れても、
“自分がやる側”になるとは思っていなかった」
◇ ◇ ◇
「大丈夫です」
フォティが、少し慌てたように言う。
「ちゃんと支えますから」
◇ ◇ ◇
その言葉に、
オズマはフォティを見る。
「……その“ちゃんと”が、
一番信用ならないんだが?」
◇ ◇ ◇
フォティは、言葉に詰まった。
◇ ◇ ◇
「フォティ」
ルコールが、静かに名を呼ぶ。
「正直に言え」
◇ ◇ ◇
フォティは一度、拳を握り、
開いた。
「……飛べます」
一拍。
「でも、空で戦えるほどじゃありません」
◇ ◇ ◇
「それは、どういう違いだ?」
オズマが即座に突っ込む。
◇ ◇ ◇
「……落ちなかっただけです」
フォティは、はっきり言った。
◇ ◇ ◇
「?」
オズマとミラが、同時に首を傾げる。
◇ ◇ ◇
「前に一度、空に出たことがあります」
フォティは続ける。
「でも、あれは……」
一拍。
「飛行じゃなくて、
事故に近かった」
◇ ◇ ◇
「事故?」
ミラが、思わず聞き返す。
◇ ◇ ◇
「考えてなかったんです」
フォティは、視線を落とした。
「どう飛ぶか。
どう止まるか。
どう戻るか」
「何も」
◇ ◇ ◇
「……それで?」
オズマが、嫌な予感を覚えた顔で促す。
◇ ◇ ◇
「気づいたら、空にいて」
「落ちなかった」
一拍。
「それだけです」
◇ ◇ ◇
沈黙。
朝靄の中で、風の音だけが聞こえる。
◇ ◇ ◇
「……奇跡だな」
オズマが、乾いた声で言った。
◇ ◇ ◇
「はい」
フォティは頷く。
「奇跡的に、制御できてただけです」
◇ ◇ ◇
「じゃあ、今回は?」
ミラが、慎重に聞く。
◇ ◇ ◇
「訓練です」
フォティは、迷わず答えた。
「飛ぶためじゃない」
一拍。
「落ちないための訓練です」
◇ ◇ ◇
「……なるほど」
オズマは、こめかみを押さえた。
「君は、
成功体験を“成功だと思っていない”タイプか」
◇ ◇ ◇
「空は甘くない」
ルコールが言う。
「一度許されても、
二度目があるとは限らない」
◇ ◇ ◇
フォティは、その言葉を真正面から受け止めた。
「だから、今回です」
「無理はしません」
◇ ◇ ◇
「……ミラ」
オズマが、ふと視線を向ける。
「君は、怖くないのか」
◇ ◇ ◇
ミラは、一瞬だけ考えてから答えた。
「怖いよ」
即答だった。
「でも」
一拍。
「フォティが無理をしそうになったら、
止められるのは私だと思う」
◇ ◇ ◇
フォティが、驚いたようにミラを見る。
「……それは」
◇ ◇ ◇
「だから、一緒に行く」
ミラは、視線を逸らしながら言った。
「それだけ」
◇ ◇ ◇
ルコールは、そのやり取りを見てから言う。
「調査は四人」
「深入りしない。
戦わない」
一拍。
「戻ることを最優先にする」
◇ ◇ ◇
「異議なし」
オズマが言った。
◇ ◇ ◇
フォティは、もう一度空を見上げる。
以前と同じようで、
今度は違う。
**分かっていて飛ぶ空**だった。
これは戦いじゃない。
空を知るための一歩。
(第82話 了)
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