【第79話 脱げない理由】
夜は、すっかり深まっていた。
ギルドの宿泊区画。
昼の慌ただしさが嘘のように、廊下には足音も少ない。
各部屋の灯りが点々と残り、
それぞれが“次”に向けた準備をしていた。
◇ ◇ ◇
「……じゃあ、一度見せてみろ」
バルドの声に、フォティが一歩前に出た。
先ほどまで着ていた服とは違う。
色味は地味だが、動きやすさを重視した旅装。
袖口は擦れても目立たず、
外套は簡単に裏返せる仕立てになっている。
「ほう」
バルドが腕を組む。
「悪くねぇな。
完全に“どこにでもいる若い旅人”だ」
「……それ、褒めてます?」
「最高の褒め言葉だ」
フォティは、少しだけ肩の力を抜いた。
◇ ◇ ◇
「次、ミラ」
呼ばれて、ミラは一瞬だけ躊躇した。
だが、意を決したように外套を外す。
淡い色合い。
教会で着ていた服よりも柔らかく、
だが、どこにも“聖性”を感じさせない。
「……どう、かな」
視線を落としたまま、そう言う。
バルドは、少しだけ真面目な顔になった。
「いい」
即答だった。
「目立たない。
だが、消えすぎてもいない」
一拍。
「今のお前に、ちょうどいい」
ミラは、ゆっくりと息を吐いた。
「……うん」
それだけで、十分だった。
◇ ◇ ◇
「オズマ」
次に呼ばれたオズマは、
すでに着替えを終えていた。
王族の意匠は一切ない。
装飾も、徽章もない。
あるのは、
少し質の良い布と、堅実な仕立てだけ。
「……本当に、ただの旅人だな」
バルドが言う。
「それでいい」
オズマは、静かに答えた。
「今は、それ以上である必要がない」
その言葉に、
誰も異を唱えなかった。
◇ ◇ ◇
「……で」
バルドが、最後に視線を向ける。
「問題は、お前だ」
ルコール。
彼の前にも、新しい外套が置かれている。
地味な色。
痕跡を残さない布。
“消えるための服”。
◇ ◇ ◇
「……着ない」
ルコールは、短く言った。
視線すら向けない。
◇ ◇ ◇
「理由は?」
バルドが聞く。
怒りはない。
ただ、確認だ。
「今は、これで行く」
ルコールは、自分の装いに手を置いた。
見慣れた戦装束。
消せない過去を背負ったままの服。
◇ ◇ ◇
「……終わってねぇからか」
バルドが、低く言う。
ルコールは否定しない。
「終わらせるまでは、脱げない」
それだけだった。
◇ ◇ ◇
沈黙。
フォティが、そっと口を開く。
「……みんな、前に進んでるけど」
言葉を選びながら、続ける。
「ルコールさんだけは、
まだ“そこ”に立ってるんですね」
「……ああ」
短い肯定。
◇ ◇ ◇
ミラは、その様子を黙って見ていた。
理由は分からない。
だが――
彼が、
“終わっていない場所”に立ち続けていることだけは、
胸に刺さるほど伝わってきた。
◇ ◇ ◇
「無理に脱げとは言わん」
バルドが言う。
「だがな」
一拍。
「必ず、終わらせろ」
「……ああ」
ルコールは、それだけ答えた。
◇ ◇ ◇
新しい服を纏う者。
名前を捨てる者。
過去を背負い続ける者。
同じ部屋にいても、
進む速さは違う。
だが――
進む方向は、同じだった。
**脱げない装いは、
まだ終わっていない因果の証。**
それを断ち切る日まで、
彼は、その服を脱がない。
(第79話 了)
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