【第76話 裏路地で問われるもの】
王都の裏側は、昼でも薄暗い。
人の流れから外れた路地には、
正門通りにはない匂いと気配が残っている。
「……こっちだな」
オズマは、外套のフードを深く被り直した。
正面の大通りを歩けば、
顔を覚えられている可能性が高すぎる。
だから選んだのは、裏。
かつては気にも留めなかった、
王都の“影”だった。
◇ ◇ ◇
「買うなら、この辺りだ」
露店とも言えない店先を指し、
オズマは低く言う。
「表より質は落ちるが、
“誰が買ったか”は見られにくい」
「……王子らしくない判断だな」
フォティがぽつりと漏らす。
「もう、王子らしく振る舞える状況じゃない」
オズマは、即答だった。
事実を述べる声に、
虚勢も後悔もなかった。
◇ ◇ ◇
そのときだった。
「……あ」
小さな声。
二人の前に、
ぼろ切れのような服を着た少女が立っていた。
年の頃は、八つか九つ。
煤で汚れた頬と、
大きすぎる外套。
だが、その目だけは、
はっきりと二人を見ていた。
――正確には。
オズマを。
◇ ◇ ◇
「……ほんとに、おうじさま?」
恐る恐る。
確かめるように。
責めるでも、疑うでもなく、
ただ“知りたい”という声音だった。
オズマの足が、止まる。
逃げる選択肢はあった。
無視することもできた。
だが――
「……そうだ」
彼は、そう答えた。
短く。
誤魔化さず。
◇ ◇ ◇
少女は、少しだけ目を見開いた。
「……じゃあ」
一歩、近づく。
「おうじさまって……
わるいひと、なの?」
その言葉は、
刃ではなかった。
だが、
どんな罵声よりも重かった。
◇ ◇ ◇
オズマは、すぐに答えられなかった。
王都で叫ばれている噂。
号外。
教会前の告知。
――王子が、王を殺した。
その言葉を、
この子も聞いたのだろう。
◇ ◇ ◇
「……俺は」
オズマは、ゆっくりと膝を折った。
少女と同じ高さで、
目線を合わせる。
「誰かを救えなかった」
それだけを、言った。
「だから、
“いい人”じゃないかもしれない」
◇ ◇ ◇
少女は、しばらく黙っていた。
そして――
「ふうん」
そう言って、
首を傾げた。
「でも」
一拍。
「うそ、ついてない顔だね」
◇ ◇ ◇
オズマは、
一瞬だけ目を伏せた。
フォティが、何も言わずに隣に立つ。
「……ありがとう」
オズマは、そう言った。
少女は、にこりとも笑わず、
ただ後ろへ下がる。
「じゃあね」
それだけ言って、
路地の奥へ消えていった。
◇ ◇ ◇
しばらく、誰も口を開かなかった。
「……王子様って、大変だな」
フォティが、ぽつりと呟く。
「……ああ」
オズマは立ち上がり、
フードを深く被り直す。
「だが」
一瞬だけ、足を止める。
「剣を取る理由は、
はっきりした」
◇ ◇ ◇
裏路地の先に、
別の露店が見えた。
彼らは再び歩き出す。
名前を捨てるために。
それでも――
**守るものを、失わないために。**
(第76話 了)
よろしければ、評価と気に入っていただければブックマークをお願いします。
執筆の励みになります。




