【第75話 整える者たち】
朝の王都は、妙に静かだった。
騒ぎの翌日ほど、
人は何事もなかったかのように振る舞おうとする。
それが、この街の流儀なのだろう。
◇ ◇ ◇
「じゃあな。昼前には戻る」
バルドの言葉に、フォティが頷いた。
「うん。必要そうなもの、見てくる」
ミラは少しだけ周囲を気にしながら、
いつもより控えめに外套を整える。
オズマは無言だった。
だが、その視線は、もう伏せられてはいない。
「……俺も行く」
短く、それだけ言う。
彼はまだ王子だ。
だが、もう“王都の人間”ではなかった。
三人は人混みに紛れ、
王都の通りへと消えていく。
衣装。
装備。
身分を示すもの。
すべてを一度、捨てるための買い出しだった。
◇ ◇ ◇
ギルドの奥。
執務室と呼ぶには少し雑然とした部屋で、
残った三人は向かい合っていた。
ロウグ。
ルコール。
バルド。
「……さて」
ロウグが先に口を開く。
「ようやく、落ち着いて話せるな」
「外は?」
ルコールが問う。
「静かすぎる」
ロウグは鼻で笑った。
「つまり、表向きは“片付いた”扱いだ」
バルドが椅子にもたれかかる。
「王子が国王を殺して逃げた。
教団が一切、口を出してこない」
「不自然だな」
「不自然すぎる」
ロウグは頷いた。
「だから、ここから先は“公式”じゃ動けん」
机の上に、数枚の書類を広げる。
「教会。
建築記録。
関係者名簿。
それから――」
指が一枚の紙を叩く。
「空に関する情報だ」
ルコールの視線が、自然とそこへ向いた。
「……“空で待っている”」
「ああ」
ロウグは苦々しく言う。
「確証はない。
だが、教団が空に“何か”を持っている可能性は高い」
断定はしない。
だが、三人とも同じ未来を思い描いていた。
◇ ◇ ◇
「方針だ」
ロウグは、はっきり言った。
「正面から王国を敵に回すことはできん。
教団も同じだ」
「つまり」
バルドが口角を上げる。
「表には出ない。
裏から行く」
「その通りだ」
ロウグはルコールを見る。
「お前たちは、もう“冒険者”じゃない」
少し間を置いて、続けた。
「正確には、“冒険者の皮を被った異物”だ」
バルドが吹き出す。
「言い方きついな、親父」
「事実だ」
ロウグは真顔だった。
「だからこそ、装いも変えろ。
目立つものは捨てろ」
視線が、ルコールに向く。
「……特にな」
ルコールは、短く息を吐いた。
「分かっている」
彼は何も言わず、立ち上がる。
もう“軍の顔”で立つ理由は、どこにもなかった。
◇ ◇ ◇
「しばらくは、俺が裏で支える」
ロウグが言う。
「手紙。
電報。
噂の整理。
必要なら、偽の依頼も用意する」
「助かる」
ルコールは短く答えた。
「礼は、後でいい」
ロウグは椅子に深く腰掛ける。
「生きて戻れ。
それで十分だ」
沈黙が落ちる。
外から、王都のざわめきが微かに聞こえた。
「……衣装替えか」
バルドが呟く。
「全員、新顔だな」
「俺は残る」
ロウグは肩をすくめた。
「誰かが、この街にいないとな」
ルコールは扉に手を掛ける。
整える時間は、もう終わる。
次に動くとき、
彼らは“別の顔”になる。
(第75話 了)
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