【第61話 静かすぎる城】
初執筆、初投稿、良い歳したおっさんなので完走できるように長い目で見守ってください。
※2026/01/28 イラストを更新しました
【第61話 静かすぎる城】
夜の入城だったが、詰所では顔を見ただけで通された。
それが当然のことのように。
オズマは、何事もなかったかのように王城の回廊を進んだ。
歩調も、姿勢も、いつも通り。
――平静を装う。
それは、この城で育った者の本能だった。
王城は静かだ。
いや、正確には静かすぎる。
衛兵の巡回は正確で、無駄がない。
灯りの配置も、交代の間隔も、記憶している通りだ。
それなのに。
(……整いすぎている)
城は本来、もっと雑音を抱える。
書類を運ぶ足音、誰かの小言、夜番の欠伸。
人が集まる場所には、必ず揺らぎが生まれる。
だが今夜の王城には、
揺らぎそのものが存在しなかった。
◇ ◇ ◇
自室に戻り、扉を閉める。
鍵を掛け、深く息を吐いた。
誰も見ていない。
それでも、動きは慎重だった。
机の引き出しを開け、取り出したのは一枚の古い羊皮紙。
王城の構造図。
――正規のものではない。
王族にだけ、代々伝えられてきた
非常通路の経路地図。
オズマは、紙を広げた瞬間、すぐに視線を走らせなかった。
一度、灯りの位置を調整し、椅子に腰を下ろす。
(急ぐな)
平常心を保ったまま、指先で紙の端を押さえる。
回廊。
礼拝堂。
封鎖された区画。
線を辿るごとに、昼間見た教会の構造が脳裏に浮かぶ。
(……重なる)
偶然では済まない一致。
喉の奥が、わずかに詰まる。
◇ ◇ ◇
オズマは、新しい紙を一枚取り出した。
白紙だ。
そして、羽根ペンを手に取る。
迷いは、なかった。
だが、動きは慎重だった。
まず、城の外形。
次に、回廊の位置。
一線一線、確かめるように引く。
非常通路の分岐点。
礼拝堂の裏手。
封鎖されたはずの出口。
ペン先が止まる。
(……ここだ)
教会の位置と、完全に一致する箇所。
オズマは、息を殺したまま、線を引いた。
書き終えた時、
紙の上には、王城と教会を繋ぐ一本の経路が浮かび上がっていた。
◇ ◇ ◇
幼い頃に聞かされた言葉が、静かに蘇る。
「非常時には、城の外へ抜ける道がある」
「だが、使われることはもうない」
――使われなくなった。
その言葉が、今になって重くのしかかる。
(違う)
(使われなくなったのではない)
(使わせなくなっただけだ)
オズマは、複写した紙を折り畳み、懐にしまった。
原本は、元の場所へ戻す。
痕跡は残さない。
これは、まだ仮説だ。
確証も、証拠もない。
だが――
(知ってしまった以上、戻れない)
近衛に命じることもできる。
父に問いただすこともできる。
だが、それは最後だ。
今はまだ、
自分一人で確かめる段階だ。
◇ ◇ ◇
灯りを落とす前、
オズマは懐に入れた紙に、そっと手を当てた。
(静かすぎるのは、嵐の前触れだ)
王城は今夜も、何事もない顔で眠っている。
その地下で、
そしてその外で、
同じ通路が使われていることを、
まだ誰も知らないまま。
(第61話 了)
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