【第53話 夜の役割と祈りの日】
日が落ちると、王都の空気は少しだけ緩んだ。
昼間は規則正しく流れていた人の動きが、
夜になると、それぞれの居場所へと散っていく。
通りに灯りが増え始めた頃、
バルドは軽く肩を回した。
「さて、と」
何でもない調子で、ルコールを見る。
「悪いが、今夜は迎えを頼めるか」
「迎え?」
「あの親父な」
酒場の方向を、顎で示す。
「飲むと帰れなくなる」
それだけだった。
だが、ルコールは即座に理解する。
「……分かった」
「近くで待っててくれ」
「護衛だな」
声を落として言うと、
バルドは何も言わず、口の端だけを上げた。
それで十分だった。
◇ ◇ ◇
次に、バルドはオズマへ向き直る。
「もう一つ、頼みがある」
オズマは眉を上げる。
「子守、だな」
「悪いな」
バルドは肩をすくめた。
「フォティとミラを宿で見ててくれ」
「王都で、とは思わなかった」
「向いてると思うぜ」
「どこがだ」
「真面目なところ」
即答だった。
オズマは小さく苦笑し、頷く。
「分かった。宿で待機しよう」
◇ ◇ ◇
宿は、王都の喧騒から少し離れた場所にあった。
木造の建物で、派手さはないが手入れが行き届いている。
「部屋はこちらです」
店主に案内され、フォティとミラは部屋へ入った。
フォティは荷を下ろし、ほっと息をつく。
「今日は歩いたね」
「うん」
ミラは短く答え、窓辺へ向かった。
◇ ◇ ◇
窓の外には、王都の夜が広がっている。
規則正しく並ぶ灯り。
遠くから聞こえる人の声。
どこか落ち着いた、静かな空気。
ミラは、しばらくそれを眺めていた。
「……あ」
小さな声が漏れる。
「どうしたの?」
フォティが振り返る。
「今日は……祈りを捧げる日」
「祈り?」
「月の位置が、そう」
それは思い出した、というより、
気づいた、という方が近かった。
◇ ◇ ◇
ミラは部屋を出て、階段を下りる。
帳場にいた店主へ、静かに声をかけた。
「すみません」
「はい?」
「この近くに……教会はありますか?」
店主は少し意外そうに目を瞬かせたが、
すぐに頷いた。
「ありますよ。通りを二つ越えた先です」
「夜でも……大丈夫ですか?」
「ええ。今日は祈りの日ですから」
何気ない答えだった。
ミラは、小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
部屋に戻ると、フォティが不安そうに立っていた。
「行くの?」
「少し、だけ」
「オズマに言った?」
「これから」
それだけだった。
特別な理由も、強い意志もない。
ただ――
祈るべき日だから、行く。
ミラにとって、それは当たり前の行動だった。
夜の王都は、静かに息づいている。
その奥で、
祈りの灯りがともり始めていることを、
まだフォティは知らなかった。
(第53話 了)
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