【第49話 見ないという選択】
王城の執務室は、静まり返っていた。
重厚な扉が閉じられ、
外界の音は完全に遮断されている。
報告役の衛兵が、一礼した。
「――以上が、王子オズマ殿下の動向です」
国王は、書面に目を落としたまま答えない。
国境付近での調査行動。
護衛は最小限。
表向きは、ギルド依頼に同行する形。
――想定内だった。
◇ ◇ ◇
「……止めるべきか?」
側近が、慎重に問いかける。
国王は、首を横に振った。
「いや」
即答だった。
怒りも、困惑もない。
ただ、理解があった。
「オズマは、自分の目で見なければ納得しない」
若い頃の自分と、同じだ。
「見ればいい。
そして、分かればいい」
◇ ◇ ◇
国王は、机の端に置かれた別の書類に視線を移す。
世界救済団体からの定期報告。
人口推移。
治安指数。
反乱兆候――なし。
すべてが整っている。
「……教団は、仕事をしている」
それが、国王の評価だった。
彼らは暴れない。
王権を脅かさない。
秩序を壊さない。
多少の歪みはある。
だが――
(国家を保つための、必要な調整だ)
全員を救うことはできない。
それは、王になった時点で捨てた幻想だった。
◇ ◇ ◇
「殿下が、何かを見つけた場合は?」
側近の問いに、
国王は、わずかに口元を歪めた。
「見つけても、証明できない」
断言だった。
「証明できない正義は、
政治では意味を持たない」
それを、
オズマにも学ばせる必要がある。
国王は次の書類に手を伸ばした。
数字は正確で、
報告は簡潔で、
すべてが“管理可能”だった。
だからこそ――
誰が数えられず、
誰が最初から含まれていないのかを、
見る必要はなかった。
見ない。
それもまた、王の選択だった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。
オズマは、宿の一室で独り、天井を見つめていた。
眠れなかった。
村の家々。
整えられた生活。
祈るために空けられた空白。
それらが、頭から離れない。
(いつからだ……)
問いは、自然と内側へ向かった。
この国は、もともと特定の宗教を持たなかった。
信仰は自由で、儀礼は地域ごとに異なる。
――それが、この国の強みだったはずだ。
(だが、今見た光景は……)
統一されすぎている。
教えられた様子はない。
強制された痕跡もない。
それでも、
“同じ形”が、当たり前として存在している。
(誰が、いつ決めた?)
答えは出ない。
だが、別の疑問が浮かんだ。
(なぜ、私は今まで気づかなかった?)
◇ ◇ ◇
思い返せば、
王都でも似た光景はあった。
祭礼の簡略化。
祈りの言葉の統一。
「それが普通だ」という空気。
どれも、小さな変化だった。
問題視するほどではない。
気に留めるほどでもない。
――そう思って、通り過ぎてきた。
(積み重なれば、こうなるのか……)
気づいた時には、
もう「外」から見えないところまで来ている。
オズマは、拳を握った。
これは反乱ではない。
暴動でもない。
だからこそ、
止める理由が見つからない。
(……父上は)
その考えに行き着いた瞬間、
胸の奥が、重く沈んだ。
知らないはずがない。
気づかないはずがない。
では――
(知った上で、見ないと決めたのか)
その答えに、
まだ確信は持てない。
だが、
疑いは、確かに生まれていた。
◇ ◇ ◇
オズマは、ゆっくりと息を吐いた。
自分は、まだ何も掴んでいない。
証拠も、言葉も、ない。
だが――
「おかしい」と思ってしまった以上、
もう元には戻れない。
それが、何よりの事実だった。
(第49話 了)
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