【第48話 祈りの配置】
村に入った瞬間、ルコールは無意識に周囲を見渡した。
道は踏み固められ、家々の壁に崩れはない。
畑には作物が育ち、井戸の周りには人の気配がある。
洗濯物が干され、
子どもが走り回り、
老人が縁側で腰を下ろしている。
――どこにでもある、普通の村だ。
「……拍子抜けするな」
オズマが小さく息を吐いた。
「教団の影があると聞いていたが」
「少なくとも、外からは見えねぇ」
ルコールもそう答える。
村人たちは視線を逸らさない。
かといって、警戒している様子もない。
挨拶をすれば返ってくる。
道を聞けば、普通に教えてくれる。
旅人に慣れている――
それだけの話だった。
◇ ◇ ◇
宿屋も、ごくありふれた造りだった。
低い天井。
木の床。
少し軋む階段。
「部屋は三つ、用意できますよ」
宿主の口調は柔らかく、
警戒も詮索もない。
「夜は冷えますから、毛布は多めに出しておきます」
その一言で、オズマは一度、肩の力を抜いた。
(少なくとも、この村は“普通に暮らしている”)
そう判断した、直後だった。
◇ ◇ ◇
荷を置いた後、
ミラが「少し歩きたい」と言った。
特別な理由はない。
村の空気を確かめるような、自然な申し出だった。
ルコールとオズマも、それに付き合う。
昼下がりの村は穏やかだった。
家々の戸は開け放たれ、
中からは食事の匂いが漂ってくる。
声をかければ応じてくれる。
誰も、目を伏せない。
「……本当に、どこにでもある村だな」
オズマが、率直にそう漏らす。
「はい」
ミラは自然に頷いた。
「昔から、こんな感じです」
その言葉に、引っかかりはなかった。
◇ ◇ ◇
いくつかの家に招かれ、
水をもらい、腰を下ろす。
どの家も清潔で、
暮らしに困っている様子はない。
――だが。
家に入るたび、
ルコールは同じものを見ることになる。
棚の中央に、何も置かれていない空間。
使われていない布が、丁寧に畳まれている。
道具はすべて、
同じ向きに揃えられていた。
使いやすさではない。
生活動線でもない。
視線が、自然と一点に集まる配置。
(……祭壇だ)
口には出さない。
だが、確信はあった。
偶然ではない。
一軒や二軒の話でもない。
すべての家で、同じだった。
◇ ◇ ◇
宿に戻り、
改めて部屋を見渡してから――
ルコールは、ほんのわずかに足を止めた。
机。
椅子。
棚。
寝台。
どれも、ありふれた家財道具だ。
粗末でもなく、
特別でもない。
だが――
棚の中央には、やはり空白がある。
触れられない場所が、最初から決められている。
「ここ、ちゃんとしてますね」
ミラが、何気ない調子で言った。
オズマが振り返る。
「……ちゃんと?」
「はい。
ちゃんと、空けてあります」
ミラは棚の中央を指差した。
「触らない場所ですから」
その言葉に、説明は含まれていなかった。
前提として、そうあるべきもの。
「祈る場所です」
ルコールとオズマは、視線を巡らせた。
この部屋だけではない。
今日入った家、すべてが同じだった。
◇ ◇ ◇
「……ミラ」
オズマが、慎重に尋ねる。
「この村では、
どの家も、こうなのか?」
問いには、確認が含まれていた。
「はい」
即答だった。
「普通ですよ?」
その一言で、オズマの中で何かが形を取った。
教えられたのではない。
命じられたのでもない。
生活の一部として、
最初から組み込まれている。
(統治じゃない……)
オズマは、背中に冷たいものを感じた。
(信仰だ)
法律も、罰もない。
それでも、全員が同じ形を守っている。
◇ ◇ ◇
ルコールは、何も言わなかった。
だが、確信していた。
この村は、まだ何も起きていない。
しかし――
もう、選別は終わっている。
祈ることを疑わない場所。
空白を当然として受け入れる空間。
「……今夜は、動くな」
低く、短く告げる。
理由は言わない。
それで十分だった。
静かな部屋の中央で、
何も置かれていない空間が、
ただ、そこにあった。
それが何よりも、雄弁だった。
(第48話 了)
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