【第47話 演習の勝ち方】
それは、数年前に行われた合同軍事演習の記録だ。
名目は同盟国間の協調訓練。
実態は、実戦に限りなく近い大規模演習だった。
殺傷は禁止。
使用される武装は模擬仕様。
勝敗は、制圧・捕縛・陣地確保によって判定される。
その中で、オズマ・クラフトは指揮官を任されていた。
若い。
王子。
お飾り――そう評されても不思議ではない立場。
だが、彼の作戦は正確だった。
地形。
時間。
部隊配置。
補給線。
すべてが過不足なく噛み合い、
想定損耗は最小限に抑えられていた。
“綺麗な勝ち方”。
それが、周囲の評価だった。
――問題は、その勝ち方だった。
◇ ◇ ◇
ルコールは、一兵に過ぎなかった。
所属は下級部隊。
任務は、陽動と偵察。
作戦通りに動けば、
予定時間で敵部隊を引きつけ、撤退する。
だが、現場は机上と違っていた。
地形が狭い。
遮蔽物が少ない。
撤退路が、敵の視界に入りすぎている。
(このまま行けば、全滅判定だ)
命令は明確だった。
通信も、生きている。
だが――
その命令が成り立つ前提が、崩れている。
ルコールは判断した。
敵を叩かない。
指揮所も狙わない。
代わりに――
補給役を捕縛。
伝令を分断。
時間だけを奪う。
派手さはない。
戦果も、地味だ。
だが結果として、
敵部隊は前に進めなくなった。
そして――
オズマの主力が、想定より早く目標を制圧する。
◇ ◇ ◇
演習は、オズマ側の完全勝利で終わった。
評価表は、ほぼ満点。
指揮能力はS。
だがオズマは、報告書を見て首を傾げた。
「……早すぎる」
本来、あの地点で決着はつかない。
時間がかかるはずだった。
個別行動ログを追う。
そこで、ある一兵の記録が目に留まった。
命令違反ではない。
だが、想定外。
戦果は小さい。
だが、全体に与えた影響は異常に大きい。
(私の作戦を……覆したのか)
否定ではなかった。
怒りでもない。
ただの、事実認識。
視線を上げると、
遠くで装備を外す兵士の背中があった。
それが、ルコールだった。
◇ ◇ ◇
作戦終了後。
装備解除と簡単な総括が終わった後、
オズマは副官に、ふとした調子で告げた。
「先ほどの陽動部隊にいた兵を、一人呼んでほしい」
「該当者は複数いますが」
「問題ない。
あの地点で、予定外の行動を取った者だ」
副官は一瞬考え、すぐに頷いた。
◇ ◇ ◇
呼ばれて現れた兵士は、
特別な態度を取ることもなく、ただ敬礼した。
「ルコールです」
簡潔な名乗りだった。
オズマは、その様子を静かに観察する。
緊張はある。
だが、萎縮はしていない。
「君が、あの地点で判断を変えた兵か」
「はい」
否定も、言い訳もない。
「理由を聞いても?」
「命令の前提が、現場と合っていませんでした」
即答だった。
地形。
距離。
時間。
どれも、報告書と同じ内容。
だが、余分な感情は含まれていない。
「……私の作戦を、壊したとは思わないか?」
ルコールは、少し考えてから答えた。
「生き残るために、必要だと思いました」
それだけだった。
オズマは、小さく息を吐いた。
非難ではない。
称賛でもない。
「なるほど」
短く、そう言った。
「君の判断がなければ、
全体の勝利は、少し遅れていたかもしれない」
ルコールは、驚いた様子を見せなかった。
「結果がすべてです」
それは、兵としての答えだった。
オズマは頷く。
「……また、どこかで会うかもしれないな」
「その時は、その時です」
王子と一兵。
立場は違う。
だが――
この時すでに、
互いの“判断基準”だけは、確かに認識されていた。
(第47話 了)
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