【第46話 重なる正義】
国境を越えた途端、空気がわずかに変わった。
同じ街道。
同じ空。
だが、張り詰め方が違う。
馬車が進むたび、車輪の音がやけに大きく響く。
「……越えたな」
バルドが小さく呟いた。
「ああ」
ルコールは手綱を握ったまま、前を見据えている。
まだ、振り返る気はなかった。
◇ ◇ ◇
「少し、待ってもらえるかな」
背後から、穏やかな声がかかった。
馬車が止まる。
振り返るまでもなく、誰の声かは分かる。
オズマ・クラフト。
検問所から少し離れた詰所前。
数名の衛兵が、彼の姿に気づき、自然と背筋を伸ばしていた。
「何か問題か?」
ルコールが尋ねる。
「問題はない」
オズマは即座に否定した。
「だが――話はある」
それだけで十分だった。
◇ ◇ ◇
詰所の中は、簡素だった。
地図。
帳簿。
最低限の設備。
オズマは机の上に、一枚の書類を置く。
先ほど目を通した、ギルドの依頼書。
「君たちは、失踪事件の調査だね」
「ああ」
「国境周辺で、同時期に発生している。
数も、消え方も――似すぎている」
地図に指を滑らせながら、静かに続ける。
「こちらでも、独自に追っていた」
――王族として、ではない。
表に出せば、政治になる。
命令になり、責任の所在が変わる。
(だから、ここまでは“個人”だ)
オズマは、内心でそう整理していた。
「王都に報告するには、材料が足りない。
だが――」
指先が、国境線の内側で止まる。
「見過ごすには、数が多すぎる」
衛兵たちが、息を呑む。
「君たちの依頼内容は、私の調査と重なっている」
「偶然とは言えない」
ルコールは黙って聞いていた。
オズマは、一瞬だけ視線を落とす。
(王子である前に、
――見てしまった以上、知らぬ顔はできない)
「だから、同行する」
その言葉に、衛兵の一人が思わず声を上げかけた。
「お、王子殿下――」
「問題はない」
オズマは、穏やかだが揺るぎない声で制した。
「これは王命ではない。
護衛も、視察もつけない」
少し間を置いて、続ける。
「だが、この調査が“事実”だった場合、
王国は無関係ではいられなくなる」
ルコールを見る。
「その前に、私自身が確かめたい」
ルコールは、短く息を吐いた。
「……足手まといにはならないか?」
「そのつもりはない」
オズマは、はっきりと答えた。
「立場は隠す。
判断は現場に従う。
余計な口は挟まない」
バルドが、肩をすくめる。
「王子様にしちゃ、随分割り切ってる」
「割り切らなければ、守れないものもある」
それが、オズマなりの答えだった。
◇ ◇ ◇
詰所の外で、オズマは衛兵たちに短く告げた。
「私が同行する件は、記録に残さなくていい。
王都への報告も不要だ」
「しかし――」
「責任は、私が取る」
それ以上の言葉は、必要なかった。
制度も、立場も。
すべてを理解した上での判断。
◇ ◇ ◇
再び、馬車の前。
オズマが乗り込むと、フォティが少し驚いた顔をした。
「……一緒に行くの?」
「しばらくね」
穏やかな返事。
ミラは、黙ってその様子を見ていた。
オズマは彼女に、ほんの一瞬だけ視線を向ける。
(この子も……ただの“同行者”ではないな)
だが、それを口に出すことはない。
「行くぞ」
ルコールが言う。
馬車が、再び動き出す。
正義は一つではない。
だが――
重なった以上、進むしかない。
(第46話 了)
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