【第45話 国境の顔】
国境の検問所は、想像していたよりも静かだった。
高い壁も、重々しい門もない。
街道を跨ぐ簡素な関所と、数人の衛兵。
だが、その視線には確かな緊張がある。
馬車の列が、一定の間隔で止められていく。
「俺が先に行く」
ルコールは手綱を握ったまま、短く言った。
「詰所だな?」
バルドが即座に応じる。
「ああ。
冒険者タグと、ギルドの依頼書を持っていけ」
「了解」
説明は不要だった。
バルドは馬車を降り、詰所へと向かう。
その背中に、いくつかの視線が集まった。
◇ ◇ ◇
馬車のそばでは、別の衛兵が積荷の確認を始めていた。
「食料と水……工具か。
ずいぶんと軽装だな」
「調査依頼だ。
長居はしない」
ルコールの返答は簡潔だった。
「最近は物騒でね。
教団絡みの噂も多い」
「噂は噂だ」
肯定も否定もしない。
世間話の形を保ったまま、距離を取る。
衛兵は小さく頷き、帳面に視線を落とした。
「空路の方が早そうだが?」
「早い分、面倒も増える」
それ以上、踏み込まれることはなかった。
「念のため、魔力検査も」
衛兵が取り出したのは、掌に収まる小型の測定具だった。
「形式だ。すぐ終わる」
まずはルコール。
測定具は淡く光りかけ――すぐに沈黙した。
「……反応、薄いな」
「魔力なし、か?」
衛兵は一瞬だけ眉を寄せたが、
すぐに測定具を軽く叩いた。
「たまにいる。
魔力を持たない冒険者だ」
帳面に印をつけながら、ぼそりと付け加える。
「……正直、検問やる側としては一番判断に困るんだがな」
それ以上、追及はなかった。
次にバルド。
測定具は問題なく反応し、安定した数値を示す。
「異常なし」
事務的に処理される。
「……次」
フォティが、少し戸惑いながら手をかざす。
測定具が淡く光った。
だが――揺れる。
「……ん?」
衛兵が首を傾げる。
「異常か?」
「いや……反応はある。
ただ、数値が定まらないな」
しばらく様子を見てから、肩をすくめた。
「子供には、よくある。
成長途中だろ」
帳面に簡単な印がつけられる。
最後に、ミラ。
ミラは言われるまま、静かに手を伸ばした。
測定具は一瞬だけ淡く光り――
すぐに沈黙した。
「……反応、なし?」
「魔力未発現か、微弱だな」
衛兵は特に気にする様子もなく、検査具を仕舞った。
「以上だ」
誰も、それ以上は追及しなかった。
◇ ◇ ◇
「――おや」
その声に、場の空気がわずかに変わった。
詰所の方から、一人の男が歩いてくる。
整った身なり。
自然と周囲が道を空ける立ち居振る舞い。
オズマ・クラフトだった。
「この検問で、冒険者の依頼書を見ることになるとは思わなかったよ」
穏やかな口調。
だが、その視線は明確にルコールへ向いている。
「……久しぶりだな」
「覚えていてくれたかい。光栄だ」
軽く笑いながら、オズマは書類を受け取った。
依頼書に目を通し――
その指先が、ほんの一瞬だけ止まる。
「……調査、か」
声は低く、独り言に近い。
失踪。
国境周辺。
関係者不明。
視線が、わずかに鋭さを帯びる。
だが次の瞬間には、いつもの穏やかな表情に戻っていた。
「いや、失礼」
オズマは書類を畳み、続ける。
「なるほど。
正式なギルド依頼だ。
手続きにも問題はない」
周囲の衛兵に向けて、静かに告げた。
「この一団は通して構わない。
こちらで責任は持つ」
それだけで、空気が変わる。
「……助かる」
「制度を使っただけさ」
オズマはそう言ってから、馬車の奥へ視線を向けた。
フォティ。
そして――ミラ。
一瞬だけ、何かを測るような沈黙。
だが、問いは発されなかった。
「先を急ぐんだろう?」
「ああ」
「なら、ここで引き止める理由はない」
オズマは一歩下がり、道を示す。
「行きたまえ。
国境の向こうは……少し、空気が違う」
忠告とも、予告とも取れる言葉だった。
ルコールは頷き、再び手綱を取る。
馬車が、ゆっくりと動き出す。
検問所を抜ける直前、
フォティは一度だけ振り返った。
オズマは、もうこちらを見ていない。
だが――
確かに、何かが動き始めた気配があった。
(第45話 了)
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